間崎さんがやって来た。へんな時にやってきたのだった。
へんな、時間だった。
「ヒオリさん。」
青い夜だった。鏑木のお爺ちゃんの夢の中だろうかと思ったくらい。でもお爺ちゃんの姿はない。
長く荒れていた空がやっとの落ち着きを取り戻した、その日の夜だった。夜なのに明るい。空気が青く発光しているような、あの明るさ。間崎さんはいつものワークパンツに黒い山登り用のヤッケを着て羽羽木を肩に担いでいた。
「間崎さん。これは夢ですか?」
私は訊ねたら。
「もう一つの現実だよ。現実と言えば現実だよ。だし、夢と会えば夢。どっちでもあるしどちらでもない。
強いて言うと両方の空間に片足ずつ入り込んでいる状態だね。
こうしておくといつでも好きな方の世界に戻れる。これが俺のやり方ってとこかな。」
「どう言うことですか。」
「行くことにしたよ、ヒオリさん。」
と間崎さんが言う。
「鷲峯山の元締めから験しが下りた。三郎彦君が山を守る。
君のおとうさんの御玉を食べに行くことにしたよ、」
と間崎さんは静かに続けた。
「だから迎えに来たよ。
一緒に行くでしょう。」
「はい。」
私は喉の奥がきゅわっと痛くなった。一瞬で体に力が入る。
「ありがとうございます、迎えに来てくれて。」
「今すぐ出られる? 服装はどんなのでもいいよ。」
「え、でも山登りするんですね。」
「それをしないで良いようにこの状態に持ってきてるから。
そうだね。なら、スニーカー履いておいでよ。」
「はい。」
私は玄関に回って体育の時間に使うスニーカーを下駄箱から出して足を入れる。そのまま、玄関から外に出たら山の中だった。
「どこでもドア?」
「ね、便利でしょう。この方が。」
そこは本当に深い山の中。鏑木の山の中にここまで深く入り込んだことは、私はない。ここに三郎彦が暮らしていた。ここから私の所まで毎日来てくれたんだ。こんな深い山の奥から。
そしてこの木々の更に奥に、私のおとうさんかがいる。
「おやっさまはどうしているんですか。」
私は青く光る森の中を歩き出した間崎さんに着いていった。
空気が深く詰まっていた。
圧力。どんどん圧が固くなる中を歩いていっているみたいだった。わけいってわけいって行く。
生えている木の一本一本が空気が硬く凝って出来ているみたいだった。
私は歩いている間崎さんに着いていく。
「三郎彦くんの後見ってことになって隠居されてるよ。と言ってもこの鏑木にいらっしゃることには変わりないけどね。」
木が沢山生えているのに歩くのにちっとも面倒じゃない。下草がまるで繁ってないみたいなのだ。
「間崎さん、普通山ってこんなに歩きやすく無いですよね。」
間崎さんは羽羽木を肩に置いて同じように難なく森を歩いていく。
「そう、便利でしょう。」
とふたたびいうのだった。
「便利だから、あともう少しで着くよ。」
「三郎彦はどうしているんですか?」
「居るよ。そこらじゅうに。彼は今夜山が崩れないように護らないといけないなら。姿を作るゆとりはないと思う。」
「山が崩れる?」
「うん。
要衝を司るクグノチが本気で暴れたら鏑木の山が崩れ去る。
俺としてはそうしたくないから山懸けまでしたんだ。神さま達から反発を無くすためね。そして同じく三郎彦くんが山を守るために奮戦してくれる。」
「そんなにも。」
生きていれば最期まで足掻くものだよ。
三郎彦の声が聞こえた。姿は無くてもそこに居るのだ。
「さあヒオリさん。
見えてきたよ。」