私は自堕落な人間だし、中学の仲間からは散々ガラが悪いと言われてきたしそれは否定しないしむしろ自覚している。
だとしても、
今までもっと人に興味を持っていた、いや、なんだろうな。人とぶつかり合って生きてきたんだと思っていた。
そしてそれが思い込み、思っていただけだったのだと気付いたのが30が見えた時だった。
大阪を離れる決心をした時期と重なっている。
その事に気づいたから大阪を離れる気になったのか、気づいたからこそ、もう大阪に居ても仕方ないと思ったのか。それは分からないな。
だけど今自覚した。私は人とぶつかり合うこと。避けに避けて今まで過ごしてきたんだと。怖かったんだと。ぶつかり合うことが怖かったんだと。
人と関わってぶつかって、人に怪我をさせて自分も怪我をすることがいやだったんだと。
嫌と言うと能動的な表現だ。めんどくさかったんだと。私は自堕落な人間なのだから。人を避けてきたのだ。ほんとうは。ずっと、ずっと。
私はきっと一人きりで暮らしたかったんだと思う。
両親とか友達とか恋人とかのカテゴリから離脱してただ、
自分
としてだけ、この世にあって。
そしてそんな高度な生き方なんて出来るわけがないから、自堕落を学んで身に付けて、めんどくさいことにして、人を避けに避けて来たんだ。そう思った。
そう考えた事を自覚させられたのだ、その自覚は眉間に銃口が噛みついてるみたいに現実的で、私は逃げも隠れも出来なかった。
そうです。自白しましょう。
私はずっと自分をごまかして生きていました。
何が好きか嫌いかも語る資格もないくらいに、
自覚しました。赦してください。
私がその女を見て一瞬のうちに考えたのはそんな事だった。その女は一瞬で私に私の過去を総括させた。物凄い女腹だったのだ。
例えば脳の働きが私の思考を存在させる、でも自分の脳がきっちり仕事してるかどうかなんてどうして確かめることができる?
出来ない。
私は自分が紛れもなくここに存在していて、ビーフンの炒めたのを食べかけている事を、誰に対しても証明出来ないだろう。私は自分の存在に対してこのくらい適当だった。
だがその女は存在していた。
しかしその女にはナンにも無かった。無いのだ。無だった。