長編お話「その顔に、根の跡」32 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

ともかくもヤっちゃんが小川さんを交えた飲み会の約束を取り付けてきてから、私達立川中学連中は一切顔を合わせずに過ごした。

年末が近づいてきて忙しいと言う事もあった。
坂岡くんはかりん糖を作る会社で働いている。
この会社は東北震災の時に罹災されのだが、心機一転を掛けて遠く立川まで転居なさったものなのである。
坂岡くんは同時期に福岡市の会社を辞めて立川に戻ってきていた。再就職先を探してたどり着いた場所なのだと言う。

現在では商品開発部にいて、名産の八朔を使った商品を作っているらしい。一度買って食べたけどけっこう美味しかった。
再起を掛けた企業の業績自体もまあ悪くないらしい。なんだ、順調にやりやがって、と私は思う。

と、私も年末に向けて急に忙しくなっていた。
何の気なしに連絡を取った大阪時代の同業者に、なにやってんのあんた、ネットで仕事取りなさいよと呆れられたからである。

結果私はその彼女から素材イラストのひと山いくらな仕事を山ほど提供してもらって、
親の介護も忘れて毎日机に向かっていた。

ネットの素材イラストだから単価はとても安い。
描いても描いても実入りにならない。それでも山ほど描けば少しずつに実にはなる。
私はナスだのヒヨコだのの依頼に対して連日連夜せっせと色えんぴつを動かしていた。

動かしていたら、なんだか自分の画が変わってしたような気がし出したのだ、ある瞬間。
いや、画ではない。変わったのは、私だ。目だろうか、耳だろうか、鼻だろうか。爪の先だろうか。
私は変わったのは。いや、変わったのは、画に対する距離だった。
注文されたままに書き続けるという日々への私の距離が変化した。心の距離が変化した。

技術も芸術性も無くていいじゃないか、と思ったのだ。そんなものを欲しがっていた自分に気付いて夜中私は手が止まった。

私は今まで自分の画が描きたいと思っていたのだ、気付かなかった。

でも、私の仕事は誰かのための画を描くことである。
気付かなかったけどそれがほんとうなのだ。

私は誰かのための画を描かなくてはならないのだ。そこに私のアートや想いを込めてはいけない。
私に必要なのはとにかく

いろとかたち。

それだけ。でもそれが無かった。そんなものは無くてもいいんだと思っていた。イラストの根本も分かっていなかったのだ。

私は只ただ、色えんぴつを動かした。線を引いて色を着ける。
その動作が、静かな夜更けにのっしりと私の中に沈殿していった。