長編お話「鬼子のヒオリ」の37 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

それっきり間崎さんの姿をぱったりと見なくなった。

「あいつは今ハラヘドやってるよ。」
「何? それ。」
三郎彦とはと言うと、すっかりいつもの図々しい中二に戻って、今日はうちの縁側でどら焼を食べている。
私は焙茶なんか淹れてやって、もてなしなんかしてる。

私としても、こないだのあの怖かった時にすぐ来てくれた三郎彦に、ありがとう、と思わないでもないから。
だからと言って最近ますます、どら焼食べたいとか豆大福食べたいとか要求が激しくなってきた。全くもう。

「人間が決めたことだから俺は気にしねえけど、ハライキヨメというやつをやってるんだ。
なかなかいい気味だぜえ。山中這いずり回ってぜえぜえしてんの。」
けけけ、と維持悪く笑う。でもいつも通りだ。
感じは悪いけど、あの時みたいに牙を剥いて怒る三郎彦よりだんぜんにこっちがいい。私は思った。

「なんで間崎さんはそんなことしてるの。」
「だって俺たちみんな荒御霊になっちまったから。おやっさまカンカンよ。鎮めてもらわねえと割りにあわんとさ、直々の仰せだ。」
三郎彦は言う。お茶を飲みながら。
「アラミタマ?」
「要するにブチキレてるってこと。
せっかく鬼子の親が食われることに、おやっさまの名ごりが就いたってのにあれだろ。
おやっさまマジでイカッてんぜ。
ここんとこお山が大人しいのは逆に、頭来て、俺に跡目をゆずるっつて隠居してなさるからだ。」
「おやっさまが?」
「そ。これで思いがけず俺が正式に鏑木の狗賓だ。この里山がおとなしくて済むのは、まあ俺のおかげってこと。」
三郎彦は得意気に言う。
「三郎彦はアラミタマにならなかったの。」
「なったよ。
でも俺はいいんだ。」
「どうして?」
「今どら焼食ってる。」
私は前に稲兄さんから聞かされたことを思い返す。私が三郎彦を奉っていると。

「でも山中の草木や巖神にまで鬼子がどら焼供えられんだろ。
だからあのいかすかねえ間崎の奴がひいひい言って御霊鎮めやってんだ。」
「それがハラヘド?」
「うん。
みんな腹立ってしかたねえからな。まったくふざけた奴だったぜ。下手な小細工打たなかったら俺が食い殺したやった。」
三郎彦は思い出したみたいでまた牙が生えてきている。
「三郎彦、ひとごろしはよくないよ。」
と私が言ったら、

「殺さなくても罰を与える方法だったら俺だってちゃんと知ってる。」
だから大丈夫だ、とちっとも大丈夫じゃないことをいうのだった。