長編お話「その顔に、根の跡」24 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

「宗田、何があったの。」
「なんにもなかったよ。」
何にも無い奴があんなこと言ったりしないんだよ。
と岡村くんに言われた。彼はなんだか苛ついているように感じられる。
「何にも無い奴が元の同級生にあんな言い方しねえだろ。」
「何だよカラミ酒なら今から帰るぞ、」
私は腹が立って言った。そんなつもりはねえよ、と岡村くんは自分のグラスを口に運んでいる。

「なんだ、その、宗田の中学以降がちょっと心配になっただけだよ。」
「心配してもらうようなことは何にもない。」
私は本心で、事実であることを言った。

「何にもなかったよ。良いことも悪いことも何にも無い。
岡村くん、仕事は好き?」
「ああ、まあな。いまのところ上手くいってるからな。」
好運にも。と言って彼はグラスをコースターに戻す。空だった。

「オジさん、次にハイボールにしてくれませんか、」
お待ちください、とバーテンダーさんは言う。仕事中は身内にもスタイルを崩さない、
プロフェッショナルと言う佇まい。私は自分の分をなかなか飲み下せない。

「私は好きじゃない。
生活しなくちゃいけないから学校行って手に職つけたつもりだけど、自分の仕事には愛着はないんだ。
一生懸命勉強したつもりだったけど別に好きに成れなかった。
何にも。
なんにも。それが嫌なんだよ。」
宗田、と岡村くんが言った。バーテンダーさんは音も経てずにハイボールを作っている。
「そういう自分がだいっきらいなんだよ。何にもない、何にも好きじゃない、誰のことも好きになれない、大事なものが何もない、なにもかもどうでもいい。なんにも興味が湧かない。これがなきゃ駄目だってものかなんにもない。

いいか、私はそういうものが残らずほしくてみんな手に入らなかったんだ、最低だろ。

高校以降の私の人生なんてな、
ほんとにそんなもんだよ。だから嫌なんだよ。どうしようもないんだよ。そんな生き方してきたから。
だから誰のことも、興味ないんだ。」
小川さんが何やろうとどうなろうと、知ったこっちゃないんだよ。

私は完全に絡み酒になっていた。でも話しているのは本心だった。
全くの本心だった。

最高だと思える瞬間も、素晴らしい記憶も、何もない。
そんなものは何一つ無い!

昨日の上に今日を乗っけただけで今までやって来た自分の生活が。うれしいことも悔しいこともとくになかった30年が。

だいっ嫌いで仕方なかったのだ。