夜、目を覚ましたらそこは夢じゃなかった。
夢だったら鏑木のお爺ちゃんが近くに居るのが分かる。私は自分の布団の中でそこが真夜中で、そして自分がはっきりすぎるくらい目を覚ましているのを、知った。何故か間崎さんの存在が近くに居るのを感じた。
でも近くに居るのは違うものだった。
「よお。
呑気に寝てんじゃねえよ。ばーかお前おやじが死ぬんだぞ。お前ほんとにばかなんだな。」
くえくうくえ、とヒトは変な声出して笑った。
頭を起こしてみたら、ヒトは私の勉強机(宿題はみいちゃんと台所でやるから、これを使って勉強することはない。)の上にあぐらをかいてくえ、くえくえ、と笑っていた。
「なあ、おい、化け物の娘。お前のおやじ、とうとうくたばるんだな。けけけ。おい、おい、どんな気分だよ。
お前の生まれた理由が無くなるぜ。これでお前は一人前の半端者だぜ。おもしれえな、ばーか。」
ヒトはけえけえけえ、と笑った。
いつにも増して不愉快だった。こいつは私の人の部分が私のからだから時々離れて出てくるもので、他ならない私自身なんだけど、それにしたって今日はむかつく。
なんだっていつもいつもこんな奴にいちいち腹のたつ事を言われなくてはならないのだろうか。
分かってる。
自分の言うことだから分かってるの。ヒトは私で、私が大嫌いな自分の人の部分だから。
でも私は本当は知っているのだ。大嫌いだからこそ、私は大切にしなくてはいけない。大切にしないといけないのに、出来ないから大嫌いなのだ。
私は人である自分が大嫌いだ。だってどうやって大切にしたら良いのかが分からないの。
でも大切にしたい。でもそのやり方が解らない。誰も教えてくれないから。
だからそんな分かりきったことを飽きもせず笑いにくるヒトのヤツに、私は今夜モノスゴク腹が立っていた。
私は三郎彦のことを考えた。稲兄さんたちのことを考えた。
そして右手を眺めて間崎さんの事を考えた。考えて、どうすれば正しい今なのかを考えた。
考えれば何かは思い付くものなんだ。
私は右手の手のひらに、左手の指で、人、それから神、と書いた。
いわば私のアイデンティティーだ。そしてそれを握りしめる。
私は机の上でげらげらしてるヒトに、右手の握りこぶしを押し出した。
ヒトはあからさまに不気味な顔になった。
「そんなことはあんたに言われなくても分かってるのよ。
あんたこそばかじゃないの。」
より、拳を突き出して私はヒトに言ってやった。
お前の方がばかだ。私はそんなことは全部知っている。
「あんたがばかよ。」
私は右手を握りしめる。
ヒトはマユゲを片方上げて、歯を剥いて何か言いたそうにして、でも笑うのは止めて、
いや嗤えなくなったみたいだった。
「ばかはあんたよ。」
私がそう言うと、砂山が弾けるみたいにヒトは爆発して居なくなった。