間崎さんは羽羽木を手に取ったんだけど、もう一度社務所の外壁に立て掛けて、その隣にぺたんと座ってしまった。
「ヒオリさん?」
危ないよ。
と間崎さんは言った。
「私はおとうさんにいちども会ったことがないんです。
間崎さんが食べちゃう前に、一回でも会わせてください。そのくらいお願いしたっていいじゃないですか。」
「ヒオリさんはおとうさんにかなり拘りがあるんだね。」
間崎さんは壁に持たれて両手を拝むみたいに組み合わせながら、私に言った。
「自分のケガレタルーツを見届けたいと思うからです。」
私は、こないだのヒトとのやり取りが思い出されて、お腹の中身ががるる、と鳴る。三郎彦が怒ったらこんな感じだ。
「穢れ? なんでケガレ? ヒオリさん、誰にそんなこと言われたの?」
「そーゆーヒボウチュウショウを言われる事があるんですっ。」
あはは、と間崎さんは笑って立ち上がると、なかなか難しいな、羽羽木、と羽羽木を肩に担ぐ。
「誰が言ったんだか知らないけど、ヒオリさん、ケガレは人の本質だよ。」
「え?」
私は間崎さんの言葉に心のすき間を突かれた、気がした。人の本質?
「ケガレと言うのは変化することだよ。
移ろい変化し続ける人の本質。気変り、が語源だという説もある。
俺は個人的にこの仮説を支持してる部類だ。」
はい、と言って私は話を聞いた。
「変化し続けることって?」
「生まれることも、ご飯を食べることも、病気になることも、年をとることも、怪我をすることも、もちろん死んでいく事も。
変化することがケガレなんだ。
自分が移り変わり続けるケガレタ存在だということに目覚めたとき、
人は自分の中の神に目覚める。」
と間崎さんはむずかしいことを話している。
「自分の中の神さまですか。」
「自分は変化する存在だ。
しかし神の本質は不変だ。自分の移ろいを自覚するとその反動として変化しない神の存在を見出だすんだ。
それが人と神の関係の始り。」
「はい。」
「でもね、
変化しない神を自覚することによって、今度は却って自分が移ろい続けて病んで老けて、やがて死んでいく事が人の中でより明確になっていくんだ。
変化しない神を敬う一方で、老いて死を迎える自分のそれと比較する。
そこに恨みやつらみが生まれるんだ。自分の変化を、ケガレ続けることを自覚し続けることによって、
人は自分の中の神を妬む。その時不変であるはずの神が、鬼に始めて変化する。」
「神さまなのに、鬼になるんですね。」
「神にするのも鬼にするのも、人のすることだよ。
要は変化を受け入れること、ケガレを知るこだったんだ。
ケガレを知ることによって、ただそこに居るだけだった人は神を知る人になり、
ただそこに在るだけだった神は人に移ろわされる神になった。
その関係性が、今に至るまでの祭祀や奉りに繋がっているんだ。
ヒオリさん、ケガレるということは神と人を繋ぐものなんだよ。」
「じゃあ、私は私であるということで、
おとうさんとつながっているということですか?」
間崎さんは私のてんつくをぽんぽんと撫でてくれた。
そうだよ、賢いね。
と言って、なあ羽羽木、と間崎さんは笑った。