私は頭に来たまま学校から帰ってきて玄関にカバンをほりだすと、そのままうら庭に走ってった。あいつは大体そこに居る。
ほらね。
うら庭の柿の木(けっこうデカい)の枝がごっしごっし揺れていて、ミドリの濃くなった葉っぱがひらひら舞っていた。
「三郎彦!!」
私は怒鳴ったけど木の上に三郎彦の姿は無かった。ただ、枝がぎしぎし揺れていた。
枝が揺れている以上其処に居るのはばればれである。ばれてるのが分かっていながら姿だけ消しているんだから、あいつも大体バカなんだ。
「あんたまた学校に来たね。いい加減にしなさいよ。ぺったぺたぺったぺた足音立てて教室の中歩き回って!
また都市伝説扱いされたじゃない。」
相変わらず姿の無いままで、かかか、と三郎彦が笑った。枝が軋んでいる。
「当たり前じゃないか鬼子なんだから。お前が都市伝説じゃなかったら何が都市伝説なんだよ。」
と言われたので、私は頭になおのことあったまきて柿の木を蹴った。
「うるさい、自分だって狗賓のくせに! あんたの方がよっぽど都市伝説よ。」
「山神をとっつかまえて都市伝説とはずいぶんな奴だな。
大体山主のおれさまが毎日様子見に行ってやってるくらいなんだから、敬って然るべきだ。」
と言ってまたかかか、と三郎彦が笑った。
「何が山主よ、生意気に。おやっさまがいるのにあんたなんてただの犬っころよ、このガキ!」
ここで三郎彦はちょっとむっとしたみたいに、枝を揺らすのを止めて、
「なんで俺がガキだよ、お前よりふたつ年上なんだぞ、中二だ、中二!」
「狗賓に中二もなにもあるか! どのみちガキじゃない、へなちょこ山神。」
「うるせえぞこの小学生!」
と三郎彦が怒鳴った。
怒鳴ったけど後で、急に静かになった。柿の葉っぱが舞い止んで三郎彦は何も言わない。
「どうしたの?」
私は訊いた。
「鬼子。今日は山が荒れるぞ。日が落ちたら外に出るなよ。
まあ水門の姐やんが来るから大丈夫だろうけどな。」
一転して真面目な声で言うのだった。
「おやっさまの機嫌、そんなに悪いの。」
「まあ悪いな。
だから気を遣って鷲ヶ峯の大旦那が今日見舞いにくる。」
鷲ヶ峯、鷲峯山の主はこの辺りの里山の元締だ。云わば三郎彦やおやっさまの上役に当たる。
「ちょっと待ってて。」
私はさっき出てきた玄関に走って戻る。コンビニから買ってきた三色団子をパックから出して、台所の物入れに仕舞っていた小さい方の重箱に詰めた。その上になるべく不恰好にならないように神棚の杯を被せて、蓋を閉めてお弁当包みでくるむ。
それから遠足に使う水筒に水を汲んで、もう一回うら庭に戻った。
三郎彦は柿の木から降りていて、Tシャツデニムの人の姿になっていた。
こいつは狗賓って言ったってまだ14だからこんな姿にしかなれないのだ。
「はい、おみやげ。
ほんとはお酒あげたいんだけど、私が持ち出すと身内が煩いから。おやっさまによろしくね。」
ありがとう。と三郎彦は素直に受け取った。
「正直助かる。鬼子が供え物してくれるとおやっさまの具合が良くなるからな。」
「そんなによくないの?」
私は心配になったので尋ねた。すると三郎彦は
「なめんな。里山を二千年守ったおやっさまがそんなかんたんにへたるかよ。」
「うん。そんならいいんだ。でもよろしくね。
ねえ狗に変わる? 荷物ゆわえてやろうか?」
と私が言ったら、
「いいよ。まだ日が高いからそう急いで帰らんでいいもの。
じゃあな、ジャマして悪かったよ。」
そう言うなり三郎彦は重箱を盛ったまま煙になって逃げてしまった。
おやっさまの具合が大分ワルいのは私も知っている。
でもおやっさまの跡を継ぐにはあいつじゃまだまだ若すぎる。鷲峯山の大旦那さんもおやっさま自身も、その事をとても悩んでいた。