小説「恵王廟にて」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

「故王子は不幸にも殺されたのだともっぱらの噂だ。」
「馬鹿か、そんな訳がない。」
松明の必要がない明らんだ夜だった。王子の廟の前に、二人の衞士が寝ずの守りをしている。
「墓所のぬしは御殿の失火で亡くなられたのだ、わすがに六つで在られたのに。
気の毒な事だ。」
「間抜けをすかす物ではない。お偉方さま達の御殿に失火があってなるものか。そうとも放火に決まっている。お気の毒な故王子は焼き殺されたのだ。謀殺にお遭いなされたのだ。」
寝ずの番の夜は、長い。任務と言っても衞士は暇をもて余す。
「飲まんか。」
一人、若手の衞士が懐から出して酒瓶をすすめた。墓守は退屈な仕事だ。おまけに守りに付いたのは二人とも二十歳に行かない若ものである。
皓々とする夜の明りが照す下で、飲んであかしたくなっても誰が責めるだろう。
「飲んでもいい。
しかし故王子が謀殺された何ぞ滅多な事は言うな、誰の耳に入るとも限らんからな。」
現王の一の王子、今は墓所の主であるみこは六歳で没した。おくりなをして禮恵王子、廟は通称を恵王廟と言った。
「おおそうだ。お前の耳に入った。」
と年下の衞士は笑った。
「だいたい故王子は一のみことは言え母君は側室だ。生きていても死んでいても王室に損得は無いだろう。」
現王には正妻の生んだ二人の王子が居る。王位継承は断固たる正妻優位が原則である。
「いやしかしそのご側室が問題よ。父親は商会の人間ではないか。」
「母君が商会のご出身なら一体どうした。」
年上の衞士は酒瓶を借りながらうるさげに話す。
商人会議。国内の通貨と物資の流通を一手に押さえる特権組織である。
一応は王室の指示書無しに商取引を行えない事になっているが、その指示書自体、政庁がバラ売りにしている現状であった。
「どうしたも何もない。商会の息の掛かった姫のお子ならば王室にとってこれほど目障りがあるだろうか。
哀れな故王子は正妃さまの目の敵にされて御殿に火を」
ぐごん
と風を切って石が飛んだ。暗闇から投石器が使われた。
若い衞士は酒瓶を受け損なって地に落とす。
がしゃん。
動かない影の中から数個の動く固まりが小躍るように衞士二人に襲い掛かった。
と、廟の裏手の更に暗がりから小山の様な人影が長物を降り飛び出してくる、
乱戦である。
しかし巨体の影は難なく敵をいなした。それこそ、若い衞士が割った酒瓶の側にへたれて槍も起こせない間に、年上の衞士は巨漢と二人して襲撃者の群を切り伏せていた。
「何人居た。」
「六人居りました。」
巨体の男が応える。年上の衞士は片袖が大きく切られて首筋が顕になっていた。
古くとも、昨日を能弁に語るその焦げた跡。のたうつ火傷の残りが其処にはあった。
「故王子が目障りだったのは確かだ。商会は側室の生んだ子を王位に就けることを迫って王宮への物資の流入を途絶させたのだ。」
若い衞士は何が起きたのやら分からず、分からない以上自分がさっきから割れた酒瓶を拾おう拾おうしておとしては更に細かい欠片にしている意味も分からない。
「だがその段階では商会も本気ではなかった。
大切なのは政庁に対して何処まで高圧に出られるか、事例を積み重ねていく事だったから。
だが王の考えは違った。
臣の横暴を赦すくらいなら子の命など安いもの、
如何にもおれは寝所に火を掛けられて死んだのだ。」
巨体は素早く背後に回り、放心した若い衞士の脳天を、槍の柄で叩き割った。
「だからこの墓所を暴かれては困るのだ、
おれの火傷を見られても困る。おれが生きているのを知って商会が息を吹き返すからな。」
槍の柄の汚れを拭き終えて、巨体が主にぬかずいた。
「ご無事でございますか。」
王子は答えずに、破れた袖を無理矢理に羽織った。
「無事本懐をお遂げになるまで、御守り致します。」
無言の主に対し、巨体は呟くように訴えた。
「それはおれの本懐か。おれの母の本懐か。」
と王子は言った。
明らんだ夜のなかで、動く物はもうなかった。





よその方のお話を再創作してキャッチボールの様に投げ返す、チーム・ゆきだるま。
すいません、リンクの張り方が分からないのですが今回は

mizukiさん作 「零シティ」より、
『生きていた王子』
と言うテーマで作ってみました。むーずかしー。
壮大なるスケールの物語を生み出すmizukiさんに改めて脱帽です。
本家は近未来世界のファンタジー
ご一読奉オススメです。