小説「人生最期の物語」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

本棚の整理を手伝っていたら、紙袋に入って十字に紐が掛けられた本(中は見えないがここにあるからには本で間違いない。)が出てきた。
表には 禁 とはっきり主張されている。
黒マジックでの太く字が書かれている。

「それは呪われた本だから置いといてくれ。」
と父が言う。
「三回読んだら呪われて死ぬんだ。」
と父が言う。

父の本棚の整理を手伝っている。
父は定期的に本棚の中身を入れ替える。自分の部屋の壁一面を本棚にしているが、
納戸も丸一部屋本置き場になっているので、時折点検しては読む本と読まない本を総入れ替えするのだ。
これが素晴らしいほどはかどらない。

本の山を掘り返す度に何か取り出しては
お、久しぶり、や、これは懐かしい。
といちいち読書してしまうから時間なんていくらでも過ぎる。
と、言って僕も目に新鮮な物が出てきたらついページを開いてしまうので父を責められないのだった。
今日も納戸に入ってから瞬きもせず二時間が過ぎていった。
「ちょっとコーヒーでも淹れるか。」
と父が言った。

僕たちはそれぞれ納戸から出してきた本を何冊か拾い読みしながら、
台所で新しいコーヒーを飲んだ。秋の空気に煽られて張り切っているような香りが部屋に満ちる。

僕は釈超空の古い全集をじれったく読み進めながら、さっきの妙な本の事が気になった。

「あの呪いの本って、なんなの。」
と僕は聞いた。父はカバーの取れた文庫本を片手で繰っている。
「昔梅田の古本屋で見つけたんだ。
呪いが懸かっていて、三度読むと死ぬんだと言われた。」
「読んだの?」
「読んだ。二度続けて読んだ。もう必要が無くなったからああして絡んで置いているんだ。」
「処分したらいいんじゃないの。」
「いや、そのうちまた使うから。」
と父は言った

「どんな本なんだ。」
いったいどんな呪いが懸かっていると言うのだろうか。
父は話す。
「幽霊が語りてなんだ。
彼がどんな風に生きてどんな不遇な目に遇って、
そしてどんな風に殺されたのかを、本人が幽霊になって語っているんだ。
そして最後まで読んだら、
『私の骸は今もここに埋まっています。
きっと見つけに来てください。』となって終わる。
殺された人間が自分の遺体を見つけて欲しいと訴える、とそう言う内容になっている。」
父はコーヒーを飲んだ。
「それで、三回めを読み終わったらその幽霊が、
『何故探しに来てくれないんだ』
と読み手の前に現れて、とうとう地獄に連れていかれるという、そう言う仕組みらしい。」
父は読書しながら話した。
「私はもう二回読んで必要がないからああしてしまっているんだ。
お前は興味なければ下手に開くなよ。」
「お父さんは。」
「なんだ。」
「もう二回読んでしまったのにどうしてまだ持ってるの。」
「いよいよ死ぬ時が来たら読もうと思ってな。」
父は言った。

躰が不自由になったり重い病気になったり完璧に追い詰められてしまったら、
死ぬために、
読むために、
まだ残してあるのだそうだ。
読書して死ぬなんて如何にもお父さんらしいだろう。などと言う。

「それに最期の瞬間に迎えに来てくれる人が確実にいると言うのも頼もしい。」
「でもその人は地獄に連れていっちゃうんだろ。」
「此の世と地獄に遜色があった時代なんて一瞬もないと思うな。」
と父は言った。
「でなけりゃ誰も本を読んだりなんかしないよ。」
コーヒーの湯気が満足そうに揺らめいて、跡形もなく宙に溶けた。