小説「ママがいなくてさみしいの」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

明日は仕事がないので、
堂々と夜更かしすると決めた夜の楽しさよ。
私はお風呂に入った後で反射的にテレビを点け冷蔵庫から第三のビールを出す。
午前1時23分。

いきなり子どもが泣き出したのだ。
テレビ画面の中で、みっつよっつ位の痩せた女の子が、ふわふわのくまを抱き締めたまま、
突っ立って泣いている。
細くて黒ずんだ腕に捕まった真っさらなくまは、捕まえられていることに戸惑っているというよりは
捕まえている本人の方が戸惑っていることに、
笑ったまま困惑しているみたいだった。

女の子が道の真ん中で泣いていた。
何事だろうと私はついそのままフロアソフアにどすんした。

貧困家庭や母子家庭の子どもたちを支援する女性たちのドキュメンタリーだった。

泣いている女の子の隣にNPOの女性がしゃがみこんで、執拗に話しかけている。

ちゃんと言いなさい。
何がしてほしいの。
どうしたいの。
ちゃんと自分で話なさい。

女の子は真っさらなくまを抱えて泣き続けていた。

画面が切り替わって女性が喋る。
女の子は母親と二人暮らし。母親は十代で女の子を出産したあと男の暴力を苦にして離婚。
その後夜の仕事をしながら精神を病んでしまった。お金が無いから定期的に受診も出来ない。
今付き合っている男からもやはり暴力を受けている。
女性は母親が治療に専念出来るように女の子を一時的に引き取っているのだ。

「何でも自分で出来るようにならないといけないんです。そうしないと生きていけないから。
自分で生きていけるように、ちゃんと自己主張出来るようにならないと。」
と女性は真面目に語った。

ぷしりとしたビール缶を床に置いたまま私はやるせない気持ちになった。

このおんなのひとが、自分がいいことしてると疑っていないから。

自分がやりたいようにやっているだけなんである。

自分がやりたい事しているだけなんである。

たったよっつの。生まれてからろくすっぽ愛されていない。体も頭も年齢の後から追いすがっている幼児の。身も心もすかすかなこの子が。
自分の言葉で主張出来る訳がない。
そんなのちらっと見ただけの私にも分かる。

言葉も何も語彙がないのだ。言葉が育つほど誰からも親しく話しかけれてなんかないのだ。
今まで。どんな大人からも。

言葉が熟すほど心も育っていないし、だから自分の今此処にしかない感情の正体が自分で理解できてい
ない。

だからどうたいの、と言われたって分からないのだ、成長が滞っているのだから。

伸びることも縮むことも出来ないだぶだぶな身体と知恵をなすすべなくもて余している哀しい女の子に、新しいくまなんか買い与えてどうなるというのだ。

言葉で還してあげたい。
と私は思った。
さみしいんだよ。ママと離れているから。でも淋しいという言葉もそれを伝える力も育っていないんだよ。自分が淋しい事さえ知らないんだよ。

だから言葉で還してあげないといけないのに。
ママがいなくてさみしいの。
と。

テレビの向こうから観てる私でもそのくらい分かるのに。
彼女の現実の隣に立っている大人はどうしようもなくすっとんきょうだ。

私はなんとも言えずかさかさした気持ちになり、第三のビールを手に取った。

右手に触れた金属は、思っていたよりも冷たくて皮膚よりもなお内側を寒々とさせた。