小説「狂おしい背骨」の5 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

妹尾さんの頸は細かった。

何も重たいものを載せた事がない様に細かった。 重いものを載せた事がないから、必然的に細くなるのだ。
妹尾さんの頸は細くて、しろくてよわい。やる気がない。生きる、ことについての。何物へも。 いじけた葉野菜みたいだ。
僕は、妹尾さんの頸なら自分の手にぴったり収まるんじゃないかと思った。 僕は妹尾さんの頸に両手のひらを掛ける。 きっとそっくり包み込めることだろう。僕は結構指が長いのだ。

僕は妹尾さんの頸に手を掛けるところを想像する。

簡単にへし折れそうだな。僕は思う。
だが僕にはあまり握力がない。頚椎が脱臼するほど強く握り掛けることは無理かもしれない。そして出来ることならあまりびっくりしないうちに済ましてしまいたいものだ。

妹尾さんが。

なら血管はどうだろう。大きな血管の位置なら知っている。頚動脈。
耳の下から下顎の骨に沿って。 脳に繋がる太い動脈が其所にある。 工夫すれば流れを止めることは難しくない、僕の、握力でも。思いっきり、力を込めて、押さえ込むんだ握り締めるんだ、両手のひらで。細い頸、やる気のない妹尾さんの頸、それを。

血管。血の流れを。 脳に血が廻らなくなったら、きっと延びてくれるはずだ。妹尾さんは。これはいとも簡単なことなのだ。

僕はそのことについて想像した。

妹尾さんが延びてくれたらさてどうしよう。道具が必要だ。おそらく刃物だ。きっと刃先が細くて力を入れても曲がらなくて、そして安易に欠けないようなものがいい。
刺身に使う包丁なんてどうだろう。
あれは日本刀を作るのと同じ理屈で今でも制作されている。

僕はそのことについて想像した。

僕は伸びてしまった妹尾さんの、どこをどうしたらいいのかな。僕は妹尾さんの背中に手を当てて、彼女の背骨が具体的にどんな場所にどうやって収まっているのか確認する。
そして要らないものを取ってしまうのだ。要らないもの。骨の回りについている余分なものだ。

具体的にどんなふうにすればいいのかな。僕は実際に骨が一個欲しいのだから、それ以外にあまり面倒させられたくないのだ。
骨が一個だけ欲しい、それだけなのだから。だから適切な道具を使って、皮膚と、その下の脂肪の固まりと、軟骨かな。血管が走っているかな。そう、そして肋骨。

そういう物との繋ぎ目を、うまいこと断ち切れたらそれでいい。僕は実際に背骨が一個欲しいだけだから、それ以外の物はどうだっていい。妹尾さんそれ自体にだって、なんだっていい。

しかし僕は想像した。

僕はその時、妹尾さんがどうとかじゃなくて、目の前を背骨に支えられた生き物が歩いていることを想像したのだ。
背骨が生き物を支えて、歩き回っているところが急に、はっきり、想像できてしまったのだ。

「あ、だから背骨なのか。」
と。
骨だからじゃないんだ。

人のカラダの中に入っているから背骨なのだ。妹尾さんがどうとかじゃなくて。人のカラダを支えているから背骨なのだ。妹尾さんの背骨だって? 一個だけ取り出すだって?

そんなものはただのミネラルだ。
僕は考えてしまったのだった。
カルシウムが沈着してたまたまこんな形になっているだけなのだ。そんなものがどうだって? 僕が手のひらにそんなものを一個抱えてどうするかだって?

そんなものはただの固まりだ。そう、僕は突然、急に、はっきりと想像した。妹尾さんのカラダの中から取り出してしまったらそれはもう背骨じゃないのだ。それはただのカルシウムの固まりだ。妹尾さんがどうとかじゃなくて。

僕は考えた。背骨の意味について。支えているものだということについて。姿勢であり歩行であり運動であり人生であり、だいぶ飛躍すれば世界であることについて。
そういうものを支えていたら背骨なのだということについて。
というかそうでなくちゃということについて。

「これはここにあったほうがいいな。ずっとずっといいな。」
と僕は言った。

取り出さないほうがいいのだ。これはここにいて、どんなにやる気のない頸でも今にも落ちそうな頭でも、とにかく落ちるまでは支えているほうがずっといい。

そうであるほうがずっといい。

妹尾さんの細い頸がいつかぽっきりとれてしまうにしても、その瞬間の直前までは、背骨は彼女を支えているのだ、頸、頭、人生、あるいは幸福。
と方もないことだと僕は思った。と方もないものが誰の中にもそれぞれ入っている。
理解してもらえなくても、ぼくは、ああ良かった。
妹尾さんは何を考えているのか、粛々とカートを押していく。
そう感じたのだ。