小説「狂おしい背骨」の4 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

「私は絶対作業療法士になるの、作業療法士。ぜったいぜったい作業療法士。」
「どうして。」
事務的に義務的に答える。
「一番よさそうなんだもの。就職が。」
「就職に、じゃなくて?」
「そう、就職が。」
彼らは図書準備室で古い本のラベル張替作業をしていた。図書室の貸出し作業がカードからバーコードになって随分経つ。
しかし蔵書の中にはまだデジタル化が終わっていない書籍も多い。
そうした本のタイトルと著者を彼がデータベースに打ち込んで、そして新しいナンバーの書かれたラベルを彼女が貼っていく。
単純作業なので意味のない会話を交わしながらの方が、効率がいいのだった。
彼女は就職先について話している。
「だって今どこの求人サイト見たって、
まず福祉か医療系なんだもの。
事務職や公務員なんてありゃしない。あっても成れない。試験に通らない。まず見込みがない。
だから作業療法士。私は断然作業療法士。」
「それはいいんだけど、医療系だったら看護師とか、あと栄養士とか保健士じゃいけないわけ。」
「めんどくさい。」
と彼女は一蹴にした。
「看護師、夜勤なんて無理、疲れる。栄養士、管理栄養士の資格とるまでがめんどくさい。栄養士の免許だけじゃ求人が少ない。学校なんて数減っているんだから。保健士。子供相手の仕事なんてしたくない。こんなに面倒なこともない。」
「子供きらい?」
「きらいきらい。だいっきらい。すきなひとだけ産んだらいいのよ。」
「でも結婚は絶対するってさっき言ったじゃないか。」
彼はこの十年、誰の手にも触れなかった蔵書を一冊一冊手にとって、作業を続けていく。タイトルを打ち込んで、著者名を打ち込んでく。
「結婚はする。でもだからこその作業療法士よね。」
「なんで?」
「やっぱり調べた感じ一番いいのよ、特殊技能があるほうが。日勤だけで済むし。介護士に比べたら時給もいいし。
ひと月適当に働いて、それで月に一回エステと月に一回美容院と、なんだったらスポーツクラブに通うくらいの収入には、なんとかなりそうよ、
他のことに使わなかったら。」
「エステ? 美容院?」
「見ため。重要、婚活イベント行くのに。」
「結婚相手婚活イベントで探すんだ。」
「そうよ。出来るだけまともにお金稼いでくれる人と結婚するの。」
「結婚したいの、じゃなくて、結婚するんだ。」
「そう、するの。600万くらいコンスタントに稼いでくれる人と。野心もってなくて才能なくてまいにちまいにち仕事ばっかりしてひいひい言って600万稼いでくる人と結婚するの、私は。」
「変わった好みだね。」
と彼は言った。
「お金があればなんとでもなる。」
と彼女は言った。
「多くは望まないの。じつにシンプルでしょう。生きていくのに困らないだけのお金が安定して入ってくるんだったらなんにもいらない。
だってお金でなんとでもなるでしょう。
だからそのために、最低限見ために気を使わないとね。さいあくぶさいくに見えない程度にはこっちもお金使っていないとね。」
と言って、彼女は次々とラベルを貼り直していった。
彼と彼女は隣あって座り、彼は彼女に打ち込みの終わった本を渡した。
それに彼女が新しいラベルを張る。
作業済みの本がダンボール2箱分くらいになると、二人でカートに乗せて閲覧室の奥の書庫に運んでいった。
彼女は後頭部の真ん中らへんで、茶色い髪の毛をひとつに結んでいた。校則で許諾されるぎりぎりのカラーリング、こげ茶だった。
彼女がカートを押して先に歩き出したとき、彼は彼女の下がり毛に見え隠れしている、襟足より下の皮膚を見ていた。
彼女の髪の毛は歩行にあわせて右、左にふわふわと揺れた。
その度に背骨を引き連れたものが其処に現れて、そして隠れる。
髪の毛が揺れている。
右に、左に、彼女の延髄が現れては、また隠れる。
ころ。 ころ。 ころ。 ころ。
髪の毛の動きに合わせてそんな音が鳴っているように感じる、彼には。
ころ  ころ  ころ  ころ  ころ  ころ
背骨が鳴っている音を聴くように感じる。彼は。


続きます。