小説「人形がこわい」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

私は馬の目を見ている。

馬の目は大きい。何かを間違ったように大きい。天使の発注ミスかもしれぬ。
そう思うのは、馬の目は大きいけれど、形そのものが人の目と変わらないからだ。
アーモンド型。しろ目と黒目。馬の目は大きい。
しかし形は人のそれである。

馬は大きな目に濡れぬれとした悲しみを灯して、柵の向こうから、
私を見て離れない。
私は、なにも悲しいわけではないだろう、馬の目に、悲しみを仮託することで、いっそ自分の悲しみをどうにか出来ないものか。
そう思っている。そう思って、大きな馬の目を見ている。

中心市街にある動植物園。
花壇には季節の花、今は冬枯れた地味な草が植わっている。
囲いの中には白い猿とオウムのつがいと、羊と山羊と鶏と、それから馬が一頭、
まぎれもない茶色の馬が一頭養われている。
馬の目は大きい。

そして動かし難く前を見つめている。前だけを見つめている。
私は疲労していた。
頭が、いや身体が、ではなくて心というのか、いやきっと神経というもの、
強いて言うなら感受性たるものがぐずぐずに疲労していた。
私は降り止まない疲労感を慰めたくて、何かいきものでも見ようと思って、ここへきてさっきから馬の目を見ているのだった。

文化センターが現代人形作家展を開くので、
そのことを商店街のフリーペーパーに広告で出さないといけないので、
私はさっき展示の準備が進んでいる会場に出かけて、
主催者から話を聞いた。
出品者の経歴や公式URLや既判の作品集を記した資料をもらう。
その彼たちがどこでどんな賞を受賞しているのかをついでに聞く。
センターがどんな意図でもって今回の展示を行うのか、
責任者の話を聞き取り、音声を録音し、メモも書く。

それからもう現場に届いていて、据えられる台座を待っている、
人形を見て回った。
12、3はあったろうか。

人形である。
様々な人形である。人形である以上、人と同じ形をしている。
ファッションドールという、美しくしつらえられて着飾って、その綺麗さを愛されるための
人形がある。
一方で、昔からあるからくり技術とプログラミング制御を組み合わせて、
音や光で勝手に動き回る人形もある。
ともかく人形である。
人形である以上、何を着てても何をしてても、
人と同じ形をしている、姿をしているのだった。

打ち合せを終えると私は非常に疲れた。乗っかって来るような疲労感なのだ。

人形はこわい。
私は強く感じていた。
人形はこわい、と私は思った。そして
こわさを和らげる方法をなんとかかんとか探そうとしていた。


続きます