小説「風祭り」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

高山下ろしの厳しい風が和らいで、春が来る。
年寄りたちは苦い顔を見合わせて、ざらざらする髭など掻いている。
「今年もぼちぼち、風祭りになるの。」

高地の岩棚に数百年続く集落で、目の前は絶壁の下に海がある。
近く見えても断崖を下ることはないし、ただあるというだけの、遠い海である。
棚の後ろには潅木の森が広く茂り、村民の生きる糧になる。そのさらに向こうには、今度は峻険な山を頂く。
こちらも特に登っていけるわけでもない。ただ厳しく、ただただ遠いだけの山だった。
棚に暮らす人びとは森から材木をとり、棚の平地に僅かな畑を作り、ヤギを飼って日々のことに使う。
数百年と変わることなく、だらだらと土を掘り木を切り出し、ヤギの毛を刈って、200と僅かな民が世代を営んでいた。

年長の者たちは近づく春を今年も憂えている。
春のほんのひとときの間だけ、高山から下りてくる風が和らぎ、
その代わりに海から塩はゆい風が上がってくる。
風祭りの時期なのである。
女たちはこの僅かな時期に、海からの風に感じて子供を得る。この極地に暮らす人々は、代々そうして子孫を繋いでいるのである。

男が生まれると同胞たちは落胆する。
役に立たないからだ。子供を産めるのは女だけだから。男があまり生まれると、行商にくる里人に下げ渡したりすることもある。

里に下ろされた男の子がどうなるのかは、棚の人間は興味をもたない。
棚の同胞は、女が風を受けないと生まれない。子供の産めない男の子は、増えれば増えるだけ厄介なのだった。

この数年というもの、年寄りたちは落胆している。
いや、そうではなくて次第に焦り始めている。12年前の風祭りを最後に三人の女が生まれてから、
棚の同胞には男しか生まれていないのであった。

子供が産める年の女は限られる。
この12年男ばかり生まれ続ける。12年の間、子供を産める女の数は徐々に、しかし確実に減っていた。年寄りたちは焦っている。
このまま女が生まれなければ遠からず棚の同胞は絶えてしまうから。

風祭りの日。
絶壁に張り出した祭壇で、女たちは風を待つ。
手に手に、小鼓や鐘や、鈴を絡めた玉箒の枝を持って打ち鳴らし揺らし、奏で、内連れて踊りながら風が上がってくるのを待つ。

数百年間そうして彼女たちは子孫を残してきた。この奇妙な種族の起源がどこにあるのか知られていない。しかし少なくとも、この奇態があだになって山下の村に住めなくなったのは確かだろう。

風祭りの準備が始まる。今年は最後の三人の娘たちも祭りの輪に加わることになっている。
今年12歳。少し早いがこのさい早いくらいで仕方ない。
子供は15から20の娘が一番よく産める。その女たちの数も随分減った。なんとしても今年こそ女の子が生まれてくれないといけないのである。
祭壇の支度にかかる男衆も自然と力が入る。念入りに潔斎をして、祭りが済むまで肉食や流血の禁忌は犯さない。

森の木を切り出しながら、男たちは山を見ては冷えて祈り、海を見返っては蒸せて祈る。
今年は女の子が産まれるだろうかと。

やっと12の最後の娘たちも、今年初めて加わる風祭りに憂鬱を感じていた。
女の子が産めるのかということではない。
自分たちに期待されているもっと別のことを思って、
酷い憂さの中祭りが始まるのを待っているのだった。

続きます。