昔の映画、タイトルも知らない映画、しかし有名だから。
そういう映画があることだけ、知っている。
作中で、
牢屋の中の囚人達が脱獄を試みて、地面へ向けてトンネルを掘る。
無事外に出られるまでにどれだけ日数がかかるだろう。
いや、そうでなく、成功するまでに何人脱落しただろう。相当なるエネルギー。疲労。暴動。
いや、違うな、脱落者が出たら即破綻する話だから、あの手このてで逃げられなくしておくのだろうか。
どうでもよい。
私はトンネルをぐいぐい進むように街中で人混みで居たということ。
私は常にトンネルを歩いていた。這っていた。車に乗っても空を飛んでも、
私はトンネルを歩んでいた。
恐らく人にはそう見える。
いや、誰にも私の姿が見えない。だからきっと、私はトンネルを生きていた。
大学最後の学園祭、後夜祭、打ち上げの本当のお祭りにて。
小講堂が大騒ぎだった。後ろに借りてきたビールサーバーがあって、私は勝手に三杯飲んだ。
前に机を集めたステージがあって、入れ替わり立ち代わり学生が踊り歌い鳴らし、喚き。
私はずっと後ろに立って光るステージを眺めて。
誰にも気付かれず。
暫くして喚く群衆についついっと紛れ込み、歌う彼女を見つめて。
ただ一人。
誰の目にも止まらないトンネルの中を生きている。
思う、トンネルを掘る時と、掘った後を進む時と。
楽なのは、誰の方だろうかと。