僕は幸せにでもなることにした11 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

祖父が死ぬとき僕たちは完全にだれていた。僕たちというのは父とか伯父とか小母とかだ。

「手の施しようがないんです。」

 ということは半年前から言われていた。長く生きているとこういう状態になることもあるんだと。原因は分からないのだが内臓が一斉に機能不全を起して高熱を発している状態。抗生剤が効いていない以上ほかに出来る処置がないのだと。

「早くて一週間だと思ってください。」

 と言われていた。しかし祖父はそれから半年生きた。まったく同じ状態のままで。

「九十なんだから、もう充分生きただろう。」

 と伯父は誰をなぐさめるでも無く言った。父や小母とか、従兄の奥さんなんかが交代で夜付き添ったりしていた。いざ死んだとき親戚を呼べるように。

 しかし祖父は半年生きたのだ。ベッドに寝たままで、水も飲めない状態で。消化ということが出来なくなっているのだから口からなにか摂るわけに行かなかった。最低限の水分と糖分を腕から点滴してもらっているだけだった。それで祖父は半年生きた。

「お強くていらっしゃいますね。」

 医者が驚きを隠しながら言った。そして隠さなくてもいい時には、

「なんで生きているんだ?」

 と言っていた。そのくらい不思議な状態で祖父は生きたのだった。

 確かに肉体的に強い資質を持っていたのかもしれない。戦争の時に「激戦」のあった場所に送られて、想像に難くない程度のものすごい体験をしてさえ、生きて家に帰って来たのだから。腕の血管に細々と液を垂れるだけで、命がもつ程度には。

 祖父の体力と親戚たちの疲労は反比例を起した。祖父が生き延びれば生き延びるほど、僕たちはくたびれた。いつの間にか祖父の話題がまだ生きている、から

「まだ死なない。」

 に変ってしまった。そのくらいくたくただったんだ。

 小母さんとか従兄の奥さんもうんざりしていたと思うけど、父とか伯父とか従兄には、また別の意味で堪える半年だったらしい。付き添いの時間が長かったからとかじゃなくて。親が死ぬのが悲しいとかでもなくて。

「親父たちが青い顔して呑んでんだよ。」

 四十九日の法事が済んだ後で、本家で関係者に食事を出した時のことだった。人の死に関することは一つ残らず窮屈だった。今日でとりあえず一段落なんだろうから、僕はやっとで寛いで茶の間のテレビを見ていた。

 呑んどけよ、といって従兄が残った敏ビールを一本持ってやってきた。僕は高校生だったけど誰もそんなこと気にしない。大声で奥さんの名前を呼んで、コップもってこいよ、と言った。そして

「親父たちが青い顔して呑んでんだよ。」

 と言ったのだ。

「なんで?」

 従兄がしゅぽっとビールの栓を抜く。ぴったりのタイミングでコップがもたらされた。

「じいちゃんの死に方えぐかったなあ。」

 そうだろうか。穏やかな死に方だったと思うんだが。僕が実際に立ち会ったわけじゃないが、酷い死に方っていうのはいくらでもある。

「だって最後まで頭がしっかりしてたからなあ。」

 確かに祖父はぼけていたわけではなかった。意識も言葉もしっかりしていた。しっかりしてたからこそ、うるさくてしかたなかった。

 ここに入ってから水も出さん。飯も食わせん。いつまで寝かせとるだ。家に帰ったらあれを食う、これを食う。

 毎日そういうんだから、付き添っている人間はいつもいつも、はいはいそうですね、そのうちにね、と言うしかなくて、非常に気が膿んだのだった。

 でも祖父は頭がしっかりしていたから、頭だけはしっかりしていたから、そのうち自分の状況が理解できたようなのだ。

 治らないのだと。助からない。

 ここから出ることは無いのだと

 家に帰ることは無いのだと。

 少なくとも、その時に自分は。

 そんなふうに感じながら、じわじわ死んでいったのがえぐいんだ、と従兄が言った。

「伯父さんたちそれで何を気にしてんの?」

 従兄は呑みたがる口なんだが、呑むと真っ赤になる体質だった。その時もいいかげん酔いつぶしたみたいで、紅いというのか青いというのか変な顔をしていた。

「だってあのじいちゃんの血を引いているんだぜ、みんな。」

 じいちゃんの血?

「強すぎるんだよ。生命力が。簡単に死ねないってことだ。死ねないからって別に健康に生きられるわけでもないんだろ。そういうことなんだろ。今回でそれがはっきりしたじゃないか。だからびびってんだよ、親父たち。俺も正直、ぞんぞんするよなあ。」

 おれもあんな死に方するのかな。

ぼつりと言った。

従兄はほとんど一人でビール一瓶呑んでしまって、そのままぐおぐお鼾をかいて寝てしまった。

 そう僕は、肉体的に簡単には死ねない家系。簡単に死ねない代わりに楽に生きられるというわけでもない家系の一員。じわじわじわじわ苦しみながらそれでも生きていくという家系。