僕は幸せにでもなることにした9 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

パーマだとしたらかなり無造作に跳ねたショートカットで雨合羽みたいなオレンジのぺらぺらしたジャケットを着た彼女のことは、中学の同じ教室で見たことがあるような気がする。しかし時間が時間だ。女の子が何をしているんだろう。女の子という年齢でないとしても。いや独身であるならレディの分類なのだ。

「こんなところで何してるの?」

 十数年は会っていないかつてのクラスメイトは、分厚い「過去」が一切存在しないみたいに軽くもう一度訊いた。

「バイトの帰り。そっちこそこんな時間に何してるの?」

「奇遇だね。私もバイト帰りなのよ。」

「こんな遅くに? どんなバイトしてるの?」

「そこの大学で」

 瀬尾さんは左前方を指指して見せたんだけど、どんな大学があるのかも僕は知らない。

「助手のバイトしてるの。」

「助手のバイト?」

「正式な研究者としてやとってくれないってこと。細菌の反応みる実験したりするんだけど、二十四時間体勢で一時間置きに様子を確認しないといけなかったりするから。こんな時間になったりするの。」

「そりゃ大変だね。」

「小田くんは何してるの。こんなに遅くまで。」

「軽作業だよ。」

 そういうと、そう、と言って瀬尾さんはそれ以上なにも訊かなかった。

「ねえ呑みに行こうよ。」

 急にそんなことを言った。

「こんな時間に?」

 飲食店はとっくにしまっている。

「深夜労働者むけの飲み屋もあるんだから。車じゃないでしょ。」

「僕は車じゃない。」

「じゃあ行こう。行こうよ。」

 

 バラックみたいに野趣あふれた呑み屋はひっそりとしていた。誰も彼もが静かにお酒を呑んでいる。時間が時間だからなのか、体を酷使した後で喋る気力もないからなのか。

 脈絡もなく僕昼間見た夢の内容を思い出した。思い出せば出すほどに何らかの作為を感じるんだけど、それがいったい誰の作為なのかはさっぱり分からない。

 福引の景品所みたいなところに僕は居た。僕の当てたポイントによって以下の五つの品のから好きなものを選べる。と、白い上っ張りを来た小母さん(あるいはおじさん)が言った。なんで白い上っ張りだったんだろう。あれじゃまるで給食センターだ。

 僕は、一番小さいものでいいです、と言う。すると彼(あるいは彼女)はそれは心外だ、という顔をする。君の働きだったら、一番小さいものだなんてもったいない。どうしてもというなら同じものを二つ持っていくといいよ。そう言う。

 そこで僕は、じゃあ一番小さなこの箱を二つ下さい。と言った。ありがとうございますと彼(あるいは彼女)は言った。

 包んできますから少々お待ちください。と秘書風の女性が僕の選んだ箱をお盆に載せて、カウンターの後ろにある部屋に持っていってしまった。

 それからいくら待っても贈り物は僕のところに帰ってこなかった。カウンターでだらだらしている上っ張りの小母さん(あるいはおじさん)に僕は声を掛ける。

 さっきのあれは、どうなっています? 僕はできたら早く帰りたいんだけどな。

 彼(あるいは彼女)は顕かに何かをごまかすみたいに、全然意味の無いメモ書きを調べてみたりする。

 どうなっているのかな。ちょっと奥で確認してきますね。そういってバックヤードに消えて言った。

 僕は過去の十何年かでこんなふうにはぐらかされるのには慣れてしまっていたので、よってすぐに理解できたのだ。

 こいつらは僕のあの小さな箱を渡すつもりなんて最初からないのだって。

 ただで欺かれるのはつまらなかったので、僕は迷うことなくバックヤードに踏み込んで行った。中にはさっきの秘書風が一ダースほど居て、高さも大きさも様々なキャビネットの引き出しを休むことなく開けたり閉めたりしていた。

 すいません、さっきお願いした小さな箱はいったいどうなりましたか?

 秘書風の一人はすぐに答えた。質問されることがあらかじめ分かっていたんだろう。全部分かっていて最初からそのつもりだったんだろう。

 ええ。大丈夫ですよ。秘書風の一人が言った。

 袋をかがるリボンがね、さっきから無いものですから、代わりを探しているだけなんです。もうしばらくお待ちください。大丈夫です。

 もうしばらくお待ちください。

 この一言で、僕はもう、どんなに願っても、さっきのあの小さな箱を、自分の家に持って帰ることを諦めなければいけないと知った。どうしても諦めないといけないんだと知ったのだった。