僕は幸せにでもなることにした8 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

なんだか夢の中に何かを置き忘れてきたような居心地の悪さが、目覚めてからずっとしている。いついつこれを絶対に、と言われてはい必ず、といったのにころっと忘れていて、でも忘れていること自体はなんとなく頭にある、というような。

 いや違うな。飲み込みきれずに喉にとどまっている何か。それとも、遠足のバスに一人だけ乗り遅れたみたいに。

 てっきり現実の出来事なんだと思うくらいリアルな夢だった。僕はそっちの出来事のほうが僕にとって実際の世界なんだと一瞬思い込んでいたから、目が覚めたときのあのちぐはぐした感覚。

 夢に体液を吸われて疲労した状態で僕は目を覚ます。そういうことはしょっちゅうある。だけど体を使って仕事をしていたら忘れて現実になじむことが出来るから、僕は二十九歳になって良かったと思った。二十九歳になって日常的に仕事をしていても、誰も不思議に思わない。

 僕は雑誌を製本する工場で十八時から翌二時までアルバイトをしている。時給は八百五十円。条件がいいとは言えない。が先に言ったように作業の内容はまずまずだ。現状選ぶことの出来る業務の中では理想的といってよい。誰ともコミュニケーションすることなく、誰かから憎まれるわけじゃない。

 出勤したら僕はその時上がっている伝票をチェックして、発送先ごとに雑誌の種類と冊数をそろえていく。配送先はほとんどコンビニだ。翌四時時点で店舗に届く予定のものから優先して冊数を確認し、ビニールを掛けて箱詰めして送り先の住所を張っていく。

 休憩時間は基本無くて、手が空いているのならコーヒーくらい飲んでもよい程度の「赦し」が与えられている。腹がすくこともあるけれど慣れればどうということはない。僕は深夜まで雑誌をそろえる作業をし、時には機械から吐き出されてきた週刊誌をラックに載せて運ぶこともやる。

 出来立てのものはどうしてみんなほかほかしているんだろう、と僕は思う。インク乗りたて紙折りたての週刊誌の束はどれも息をするように熱を帯びて、動物みたいで僕は困惑する。

 食べるためにこれから出荷されていく動物みたいだ。へんな比較だな。二つのものは全然似ていない。雑誌と、動物。しかし出来たてのものはやっぱりどれもほかほかしていると思う。僕だって生まれたばっかりの時はこんなふうにほかほかしていたんだろう。

 コンビニ会社のトラックが、出来た荷物の回収にくる。僕はトラックに雑誌を載せるのを手伝う。箱はみんな同じデザインで、伝票をちゃんと読まないと見分けなんて付かない。でもトラック運転士は間違えることなく荷物を目的地へと運ぶ。プロだからということではないそうである。前にある運転士さんになんとなく聞いたのだ。

「伝票読めば書いてあるんだから。それぞれの違いがちゃんと分かるんだから。簡単なもんだよ。」

 書いてあることは全部違うんだから、読めば違いが分かるなんて簡単で助かるんだよ。そう言った。

 伝票を読んで確かめられるほどはっきりとした違いもないようなものの方が多いのだそうだ。いったいなにがちがうんだからさっぱりわかんねえんだよなあ、とその人は言っていた。僕はトラックに荷物を載せる作業を手伝う。違いか。そういえばそんなに気にせずに生きているかもしれない。

幸せになるためにちょっとの違いにも注意深くなることは大切か

 紙が無かったので頭の中で字を書いてみた。しかしこれはすぐに忘れてしまいそうである。

 

「小田くん?」

 名前を呼ばれるのは久しぶりだなと思ったら、それは果たして自分の名前なんだろうかという気がしたし、何よりこんなところで誰かに名前を呼ばれるはずなんてないんだからぼんやりするのは当たり前なのだ。しかし呼んだ声自体には覚えがあった。

「こんなところで何してるの?」

 二時に業務が捌けてから、家に帰ってもすることがない僕はコンビニで時間を使っていた。イートインコーナー。携帯サイトを捲りながらコーヒーを飲んでいた。時間は午前三時を回っている。

「瀬尾さん?」