目が覚めたら、カーテンが閉まっていたにしても、辺りが変な暗さで時間がいつなのか良く分からなかった。カーテンが閉まっている。
七時ごろまで起きていた記憶はあった。その後、だらだらとラジオを聞きながらいつの間にか寝たらしい。十八時を過ぎているとちょっと困るな。僕は週に五日、十八時から仕事にいくことになっている。
布団と肌掛けと脱いだ服や読んだ本がぐちゃぐちゃになっているのを手探りしたら、携帯電話を見つけることが出来た。開いてみると午後四時をちょっとすぎたくらいである。起きる時間としては正常だ。それにしてもなんでこんなに曖昧に暗いんだろうと僕は思う。
僕は夜勤の仕事をしている。夜勤だからと言って賃金が好い訳じゃない。賃金もよくないのに夜勤の仕事をしているのは、仕事の内容が自分の性格に合っているからだ。自分の性分に合った仕事を探そうとすると、夜働くよりほかになかった、という感じである。
僕は寝る前に考えていたことを思い出して、確か壁に貼っていたなと二枚の紙のことを思い出す。
僕はこの家で唯一なんにもない壁の方を見た。確かに紙が貼り付けてある。
僕自身の幸福は実に容易い
ということと、
幸せになることにおいてお金の意義
ということ。人間が、というと大げさだ。しかし僕一人が幸せになるためについてなら、どうもこの二つのテーマが重要な意味を持っていそうである。
僕は冷蔵庫の中に残っていた食パンを温めてマヨネーズを付けて食べる。牛乳をパックのまま飲む。僕はお金をたくさん手に入れることについて考えてみた。
考えるまでもなく、僕にお金をたくさん手に入れることなんて出来ない。能力とやる気がないんだから。これはどうしようもないことだった。
では能力とやる気がない人間がたくさんのお金を手に入れるために、多少の危ない橋を渡ったりしたらどうだろうか。
内臓や血液を売る。強盗、誘拐。高齢者を対象にした詐欺。これはけっこう簡単そうだ。一人暮らしのおばあさんなんていくらでも居るし、そういう人は暇を持て余しながら、お金だけは蓄えている。郵便貯金。今郵便局がたんに「会社」なことなんて、知らないんだろうな。
一人で後何年生きるのでもないし使い道のないお金が郵貯にしてあるなら、いずれ国庫に編入されてしまう。日本国の人間のために国庫から資金が出されるんだったら、編入前に国民一人のためにそのお金を使ったって問題はないじゃないか。少なくとも矢印の方向は間違っていない。
もちろんそんなことをするわけにはいかない。モラルとか正義とかじゃない。もっと現実的なことだ。
誰にも怒られずにそんなことをやってのけるために必要な準備を、僕は絶対にしない。何故か。
めんどくさいじゃないか。そんなこと。
僕は非常なめんどくさがりである。そこで僕はまた裏の白い紙を出してきてこう書いてみた。
幸せになるための最低限の努力すら惜しもうとする人間が
幸せになれるというのは命題として真か
僕はこの紙も壁に張って見た。貼り付けてから読むとなんだか実感が湧かない。別の紙にこんなふうに書き足した。
幸せになるためにはそれなりの努力が必要だ
うん。きっとこんな感じだろう。やれやれ。どうも僕はこの自堕落な生活を改めて何らかのゴールを見出さないといけないみたいである。なんと面倒な。世の中は不条理に過ぎている。
僕は水道の水で顔を洗って一応髭も剃って、仕事に行く準備をした。