こんな話を聞いたら僕はどんなふうに思えばいいんだろう。これはあくまでも例え話だ。寓話ってやつだ。だからこそ出来るだけよく有るように、そして可能な限り有り得ない状況を想定してみた。
僕は一つにこう思う。
悪魔は我々で遊んでやがるんだ。面白がってやがるんだ。
そして同時に悪魔の困惑にも想像が及ぶ。
言ったとおりにしてやったのにどうして文句を言われなくちゃならないんだ。まったくこれだから人間の言うことを訊くのは嫌さ。って具合に。
悪魔の力を借りずに幸せになることは可能かと僕は考えてみる。宇宙を支配している物質のルールも併せて考えてみる。
とりあえず、自力で幸せになることは非常に難しい。そしてだからといって神様に頼ることも出来なさそうだ。
彼らは自分から出向いて気やしないのだ。北極星みたいに果てしなく遠いところにいつも居て、動くということが絶対にない。
幸せになることを考える時にお金がどのような意味を持つだろうか
僕はまた裏の白い紙にこう書いて、同じく壁に貼り付ける。
幸せになることを考える時にお金はどのような意味をもつだろうか
お金がたくさんあって自由に使うことが出来たらきっと幸せだろう。きっと幸せなんだろう。だからこそ多くの人がお金を稼ごうとするし、そのためにいろんなひとに騙されたりもする。
あれ、でも、待てよ。
僕はあることに気が付いた。僕は今までお金をたくさん持っていたことが一度も無い。そして幸せを感じずに生きてきたわけなんだけど、よく考えたら、僕はお金をたくさん持っている状態というのが、本当にどういうことなのかちっとも知らないのだ。知りもしないことを基準に、自分が幸せになることについて考える、その危険性について僕は考える。
持っているお金が少ない → 幸せじゃない
この命題は真。僕の経験において真。しかし
持っているお金が多い → 幸せ
この命題をどう検討すればいいのか。
金、金、お金。
そんな魔物について考えるためには僕の頭と体は疲れすぎていた。