小説「時間軸の向こう側へ跳べ」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

まず費用を捻出することに3年費やす必要があったし、
その間僕は家賃と食費分に確保した以外を全て専用口座に預金した。
金が出来たら次はやまほどある書類の始末にかからなければならなかった。
僕という個人が「マシーン」の使用に叶う人材であることを、管理局にアピールしなければならないし、そのためには今まで暮らした自治体の役所に行って、僕が生まれてからの記録を一ページも残さずに拾い集めなければならなかった。
最後の数年に関しては、いくらかの経歴を水増しする必要があったので、
法に触れることだとしても、
そもそもこれを押し通すために余分な金を作っておいたようなものだった。
僕はこっち側に属する人間ですが、このとおり素晴らしい実績を持っている優秀な人材なので、
是非マシーンの使用許可を得て
向こう側に跳んでいく資格を得るべきです。
だいぶ端折ってはいるが、僕は都合100ほどの事務所の窓口に行って
次から次から現れる「偉い人」を捕まえてはそんなことを喋り続けた。
そういう手順を通過すると、次は僕の体に合うようにマシーンをチューニングしてもらう必要があったので、
さらに1年半の間管理局無いの検査室に泊まり込んで、骨の継ぎ目や内蔵の損傷など、不備のある箇所を徹底的に調べられた。
向こう側に跳ぶときに、肝心なことは体への負担をいかに抑えるのかだ。
3年を蓄財に当てたのは主にこのためだった。マシーンを個人的にチューニングする作業は、あんまりにも緻密であんまりに高価な素材を使う。
無償でしてくれるはずがない。
検査係たちが毎日内蔵の圧を測ったり、骨の密度を確かめに来て、帰っていったあと
僕はひたすらひとりぼっちだった。
他にすることがないのでただただ彼女のことを考えていた。
今から5年前に「向こう側」に行ってしまった彼女のことを。
ちなみにこの5年というのは
僕の人生において最高にやってられない日々がショートケーキになったものである。
毎日毎日、彼女がいないという現実が空から見えない毒素みたいに降り続いて、層をなして僕を生き埋めにした。
だからもう一度会いたいと思った。
あと一回しか会えないのはわかっていた。でも、あと一回でいいから会いたいと思った。
そうこうしていたら僕用のマシーンが完成した。
衝撃に耐えるためのヘルメットと、全身をカバーする人工筋肉内蔵プロテクター。
それを動かすためのバッテリー。
全部身につけたら係官が「ドアの鍵」をくれた。そして
「できれば戻ってきてくれることが望ましいな。
それはきっと、こっちに住んでいるみんなの希望になる。きっと大きな希望になる。」
と言った。
でも僕はもうこっちに戻ってこないことを確信していた。
僕は係官にもらった「鍵」で「ドア」を開けた。
こっちのドアは簡単に開いて簡単にしまる。問題はもう一つのドアだ。
一つ目のドアをくぐったらすぐもう一つのドアがある。こっちのドアはマシーンを使わないと開けることができない。ひょっとすると使っても開かないかもしれない。
もう一つのドアは木目みたいな茶色にコーティングされていて、
銀色のノブが付いている。横に長くて両手で掴み、思いっきり下に押し込むと「向こう側」に向かって開くはずだ。
僕はマシーンの出力を最大にして、人工筋に出せるプレッシャーを残らずノブに叩き込んだ。
バッテリーを三分の一のこして、なんとかドアが開いた。
向こう側だ。
恐ろしい威圧感だ。心が感じているだけじゃなく、体全体を潰そうとしてくる。
10年くらい前から、先天的に脳の活動量が加速してしまう人たちと、通常通りの動きしかできない人たちの個人差がどんどん開き始めた。
こちらの世界では、人の脳がだいたい6割は機動している。
彼女の脳も成長と共に加速度を増して行って、5年前の最後の日以来、僕たちは同じ時間軸で生活していくことができなくなってしまった。
ここは旧世代よりも加速した時間軸に生きている人たちの街である。
旧世代脳の人間がこっちに来るには、速度格差に耐えるためのプロテクターと自分たちの世界よりははるかにスピーディーな空間運営についていくための強制加速機能を備えた
「タイムマシーン」
を使うより他にない。
そしてタイムマシーンを使って再び元の世界に戻ってきた利用者は、
まだ例がないのである。
久方ぶりの「あちら側」からの来訪者に、そのへんの歩行者が気づいて珍しそうに近づいてきた。
彼らがやってきて、何か喋りだすだけで、僕の側頭で血管が泡立つみたいなストレスを感じる。
僕はあらかじめ調べておいた彼女の勤務先を伝えて、
交通ルートの選び方を聞き出そうとする。
僕の心臓がプレッシャーに耐えられなくなるまでに、
彼女に会えるといいんだけど。

今回の元ネタはこちら↓

月冴さんのブログ 「お題:タイムスリップ」

おもしろいテーマだなあと思ったので、自分も作ってみたいと思っていました。
果たしておれのこれが
「タイムスリップ物語」のカテゴリに入るかどうかわかりませんが、
過去や未来に行くのではなく
平行世界の時間軸を飛び越える時間旅行も
良いではないか!

とゴリ圧ししてみました。