小説「不平等な花火に対して」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

花火が始まる時間にあわせて私は家に戻った。ほとけ送りというやつ。
お盆の最終日に市内で一番の河川敷に、盛大な花火が上がる。一年でここが稼ぎ時の、テキヤが殺し合いみたいな鉄板に火花散らす。この10年でめっきり増えたコンビニエンスストアも、今日ばかりはビニールテントでおでんと缶飲料を別売りにしていたりする。
今日は花火大会の夜である。
私はさっきまで会場をうろついていたんだけど、
焼き鳥とビールとほるもんうどんを買って人が込み出すのを確認してから、
途中もういっかいコンビニに寄って一升酒を買ってから、
打ち上げ開始の8時5分きっかり前に、私は自分の家の自分のリビングの自分のテレビの前に座っていた。
ぱぱぱぱぱん、ぱん、ぱん、ぱぱっぱん
空気をはためかしてそう報せるものがあったのは結局、8時7分過ぎ。8時開始といっても8時きっちりに始まることは少ない。事前の市長のスピーチが思いのほか長くなったりするからだ。
長くなるのは言いたい事がたくさんあるからじゃない。きっと途中で言うべき内容を忘れてしまって、なんとなくごまかして場を繋いでいるうちに長くなってしまったのだろう。
どどん、どどどどん ぱん ぱん パン
続けて小ぶりな玉がじゃんじゃん打ちあがっていく気配が聞こえる。
ぱんぱぱぱんぱぱぱんぱんぱん
そういう音を聞きながら、
私はしっかり冷めた焼き鳥でなまけたビールをあけ、誰も居ない自分の部屋の中で自分の於ける不平等の義務をしっかり果たすのだ、今夜。という心を強くした。
大地はみんなの足元にあるが平等じゃない。
太陽はみんなの頭の上にあるが平等じゃない。平等だったらどんなにか効率が悪いだろうか。
そうである以上今みんなの頭の上にある花火も、当然平等なものじゃない。当然私にとっても
あの人に関すれば不平等なものである、今夜の花火。
あの人は今誰かとそこの花火をのんびり楽しんでいる。
私は今自分の家でじっくりと一人でいる。不平等だ。分かりやすく不平等なあまり、もっと決定的なことをしたくて私は今年の花火を
見ないことに決めた。
私は今自分の家にしわい焼肉とすっぱいお酒をいただきながら、花火を見ない。音だけ聞いている。
あの人が誰かと見ている花火だから、
私には音だけで充分なのだった。
不平等な私にとっては。


よその方のお話を再創作して打ち返す、
「キャッチボール小説」(お仲間ぼしゅうです。)
において、自分が書いたものを、打ち返されて、拾って、
さらに投げた今回のお話。なんか連想ゲームみたいになってきたなあ。
しかしこの試みの目的は正にそれであります。
今回の本家(本家?)はゆゆさんのこちら↓

海のある町にうちあがる花火