小説「逃げるか逃げないかは方向だけ。」M.PP11 | 文学ing

文学ing

森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

「つまらねえよ実際、考古学なんて。」
昼休憩は3交代制になっていて、先生とバイトそれぞれが
11時、12時、13時を目処に食事を取りに現場からはなれる。その間他の三分の二の人達はせっせと土を掘り返している。
古代の集落を穿り返すというのは、とにかく時間と精密さが求められる作業なのだった。
今日僕は13時に飯の時間をもらい(先生たちと違ってバイトはいつ休むかを決められない)
日陰でおにぎりを食べている。他の大学から発掘に参加しにきた学生も一緒にプラスチックの弁当を食っている。作業小屋ではいつも先生たちが出土した土器のかけらとか腐らずに残った植物なんかを前に尽きることのない論議を戦わせる。今日は桃の木の痕跡じゃないかという発見があって、同じ内容の発見が畿内でもあったそうで、論議はいよいよ熱っぽくなっている。そんな場所で飯は食えない。
熱いし、体を使う。体力が失われる。飯は食うに越したことはない。食えるときに、どんなに食う気が無いとしても。
牛肉卵とじ弁当を啜っている隣の彼は、
考古学なんてちっとも面白くない
と言った。
「なんかもっと、面白いもんだと思ってたんだ。」
だから受験したのにな、と彼は言った。
「吉村作治先生がものすごくかっこよく思えたんだ、小学生のころ。地面の下に歴史の痕跡が埋まってて、掘り起こしたら宝もとか出てきてその時生きていた人の暮らしが見えてきたりしてさ。すげえかっこよく思えたんだ。よしおれもすごい発見をするぞ。って、今の大学に入ったんだ。」
とその男は言った。
「でも実際は違った。
すごい発見なんてそうそうさせてくれないんだよ、ちんかすにはよ。
おれたち大学生はみんなちんかすだ。初めからなめられてんだよ。
大学に入ってからおれは何もしてない。偉い大先生の書いた本をひたすら音読してるみたいなもんだ。
人が考えたことをひたすら覚えているんだ。」
彼は真剣な嫌気をこめて茶色い米をかき集めた。
「そっちは何やってんの。」
僕は聞かれた。
「法律。」
「弁護士にでもなんのか。」
彼はマナーを守り、言葉を返してから弁当のかたまりを口に押し込む。
「そんなに頑張る気はないよ。それに対して勉強したいってものもなかったし、でも大学には行きたかったし、どうせなら実用的なものでも勉強するかって思ったんだ。」
彼は米をかみつつ、正面を向いたまま僕が言うのを聞いていた。
僕が話し終わってもなお飯を食っていた。
僕は自分の食事を終えてしまったので、少し手足を伸ばして午後からの肉体労働に備えようとした。
彼は量の多い弁当を時間をかけてじっくりと食っている。
「今の発掘って、九州派の研究者も来てるんだ。」
やがて水筒のお茶で口を濯いでから彼が言った。
「考古学の、厭なところはさ。誰の言い分に従うかを決めないといけないんだ。
自分で好き勝手考えられないんだ。好き勝手なこと言ってると、それはたんなる
個人的見解
だから。でかい派閥に入ってないとろくな仕事がこない。政治家と同じだよなあ。
でも、そんなこと何処にいっても同じか。」
彼はカバンからタバコを取り出して火をつけていたので、さっきの言葉は僕にとか誰かにとかより、くゆっている煙に対して言ったみたいに聞こえる。
「派閥ってのは確かにあるよな。」
僕もゆらゆらした煙に話すつもりでそういった。
「どの派閥に入るかはどう決めたらいいんだろう。」
「決める必要はない。」
と彼は、今度は僕の言ったことに対して応えた。
「誰かが決めるんだ。おれがどんな派閥に入るかは、おれ以外の誰かが決めてる。
その決定が気に入らないんだったら、おれが派閥に入らないだけだ。
つまらねえもんでさ。
派閥に入っちゃったら何も出来なくなるんだけど、かといって派閥からはみ出ちゃったら何一つ出来なくなるんだよなあ。何やってんだろうなって思うんだよなあ。」
邪馬台国だ倭国だなんて、実はそんなに興味ないんだ。
と彼は言った。
「君はいいよな、現実的なことやっているんだろ。」
「現実的ねえ。」
今度は僕が曖昧に答えた。法律を覚えこむことは古代史における理論を覚えこむことよりは現実的かもしれない。
でもむしろ僕は現実から離れていくために法律の勉強をし始めた気がする。
うん、だいたいそういうことで間違いない。僕は現実を現実の外側から眺めていたいのだ。そのための予行演習として、自分の中に現実のストックをためている。今がそういう時期なのだ。
爺さんと同じものを追いかけていくためには、現実に対する知識をもっと溜め込まないと。
でなければその反対側に向かって歩いていくことなんて、僕にはできない。
無理な話だ。