小説「公園にて。」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

私は昔、ある方と偶然同じ場所に居合わせた
かもしれない。
かもしれない、
などと曖昧にごまかしているのは、
私がいつまでたっても事実を確認しようとしないからである。

私が「かもしれない」とずっと思い続けているその瞬間は、
高校生のある日の出来事だった。
私はブラスバンド部でトランペットのパートを担当していて、
トランペットパートが何人か居る中で、
一人飛びぬけて下手だった。だから公式のコンクールなど出たことも無い。
出たこともなくたって、他のパートメンバーにいつなにがあるか分からない、補欠、補充要因の必要は常にあった。こんな私でもちっとはましに吹けるようになる必要があった。
なんで休みの日に自主錬をしていたのである。しかし金管楽器の練習なんて自分の家でやったらひんしゅくを買うことは必死(祖父、祖母、兄、その他)。なので、
「そういうことはしてはいけない。」
音が散って練習にならん。
と顧問の先生に厳命されているにも関わらず、近所の運動公園に、自転車で練習しに出かけたのだった。
運動公園はとてつもなく広い。そして常に多くの人がランニングをしている。池と噴水と芝生がある。男女のペアが行きかい、若い母親がベビーカーを押して表情を失っている。
そういう場所で、私はロングトーンの練習から始めた。
ぷーーーーーーーーーわわわわわわ
同じ音を音程を崩さずに鳴らし続ける練習。基本中の基本。
私はこれがとっても下手なのだった。だからブラスバンドに所属していることが既にお話にならないのだった。
運動公園はとてつもなく広いから、私が耳障りな
ぷーーーーーーーーーわわわわわわ
を繰り返しても、特に気にする人も居ない。
私もランナーや男女や呆然とした母親がどんなに通り過ぎていっても、
特に気にならなかった。
でも20人は越える集団ががやがや言いながら集まってきた時、さすがにちょっと気が散った。
大学生、くらいの男女の集団。
なにやら楽しそうに遠く芝生の上で持ってきた荷物をいろいろと広げ、
がやがやしながら集まってプリントのようなものを広げてみたりしながら、
やがて運動会みたいなことを始めたのだった。
徒競走や借り物競争や障害物競走みたいに見えた。
大学生くらいに見えた。サークルのレクレーションでもやっているのかなあ
と思いながら、私は
ぷーーーーーーーーーわわわわわわ
を繰り返していた。
その方とは30代になってから仕事の出先で知り合った。
好感がどうとかいうよりも誠実な人であるのが明らかだったので、
会えば社交辞令くらい言うのがちっとも苦痛ではなかった。
好感よりは空気を制御することに長けた方だと思っていた。
その日も私はその方の職場に連絡物を届ける用事で赴いた。
しかし目当てにしてた部長さんと入れ違ってしまったので、
申し訳なく思ったのかその方が時間つぶしの相手をしてくださった。
その時、私はその方が、学生の時子供を集めてイベントをするボランティアサークルに入っていたお話聞いたのである。
遠い過去からぼんやりした今に硬い針金が忍び寄ってきて、
もしやあの時楽しげに運動会をしていた大学生たちの中に、
この方がいらっしゃったのではないかと
心が震えた。
だから私はこの可能性の低い偶然について、
絶対この方に問い詰めないでいようと思っている。
ずっとずっと真相は知らないでおこうと思っている。
だって聞いてしまって、
いや、そんなことはない、
と言われてしまうのが、寂しくてたまらないから。