すっかり春になったとはいえ、
ぎりぎり6時にならないほどの早朝は、まだ薄暗い。
近くに大きなため池があって、風もよくふく地形のせいか、
上りかけの太陽に、魔術でつかうお香みたいな怪しいもやが
きまり悪そうに、あわてふためくように、少しずつ消されて行こうとしている。
そんな厳かといって差し支えないある朝に、
手に、手に、
鎌を持った老人たちが
一人、また一人、
あの家から、向こうの辻から、小道を抜けて、電信柱の横を過ぎて、
音もなく集まってくる。
老人たちはものをずさんに扱うという習慣が身についていない。
身についているとしたら
物が無い
金が無い
という若かった頃の凄すぎる思い出だけだ。
おれは小学生のときしょっちゅう力任せのケンカをした。
小学生で、背丈も腕力もたりない奴らがケンカするんだから、
パンチだきっくだで勝負にはならん。
おれも、その時相手になってるどんな奴も、最終的には腕やら顔やらに思いっきり爪を立てるんだ。
そして何をされるのよりも、爪を立てられるのが一番きつい。
おれはふとそんなことを思い出す。
あのときおれの腕に刻まれた誰かの爪あとみたいな
思い出
が、今でも老人たちのゆるんだ記憶に、逃げ出せず留まっているんじゃないだろうか。
そんなことを思った。
鎌はどれもすばらしく見事に手入れされている。
柄の部分は汚れ切って手垢が染み付いているんだけど、
刃先の部分だけは身震いするくらいぴかぴかだ。
きっとこういうものを研いだり、あるいは新品と交換する業者なり職人なりがまだ居るんだろうな。
音もなく、曖昧に明るい村の道を、
手に鎌を持った老人たちが、ただ、ただ
歩いて行く。
事情がわからなきゃ問答無用で不気味な光景だ。
そして事情というなら今日は集落の一斉清掃なのである。
アスファルトの目地なんかから不屈の意欲でもって生えてくる雑草を駆除するのに、
鎌なんかでこそげる以外に効率のいいやり方はないのだ。
しかし、
ものも言わず大勢の老人が、手に鎌を持っている。
その様子を見たおれは、
「江戸時代の一揆ってリアルにこわかったんだろうな。」
と思った。
死に物狂いになった百姓が鎌で立ち上がるときに、
アクセサリーみたいな鎧しかないサムライに、結局なにが出来たんだろう、と。