小説「鼠」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

鼠にとって、
白い毛に生まれてくるというのは致命的である。
しかし持って生まれた毛が白いということ以上に、
彼の心情としては、
周囲の「普通」の鼠たちの対応の方がよっぽど厄介で
且つやるせないものなのだった。
鼠は日の光を浴びて暮らさない。
鼠という生きかたそれ自体が誰かや何かの餌にしかならないのである。
なのでおよそ鼠に生まれついたら、
生まれつき薄汚い灰色の毛並みをしていることこそが
幸運だ。
よって鼠に生まれついた彼が、生まれつき真っ白な毛で全身覆われていたことは、
それももう気の毒としか言いようが無い。
本当にお気の毒。そうとしか言えない。
彼としても自身の身に起きた不幸は重々分かっていた。
分かっていたって、
だから何かが変わるわけじゃない。
しかし鼠に生まれた以上、目立つ上にも目立つ真っ白な毛並みというのは
「売り出し中」
の看板をさげているようなものなので、急いでなんとかしないといけない。
「ただ今売り出し中。猫とか鷹とかいやあなとこだとカラスとかに。
そういった連中にあっという間に餌にされてしまうから。
どんな生き物に生まれたとしても、
何かの、誰かの餌になって終わるのは好き好んでやることじゃないだろう。
彼としても、好き好んで餌になりたいタイプじゃなかった。
よって悩みぬいた彼のとった手段というのが、
全身を常に泥で塗りたくっているということだった。
これは本当にみじめである。
何せどんなに泥んこを塗りたくったとしても、
塗っているしたの毛並みが真っ白なことは誰が見ても明らかなんだから。
そして年中泥だらけというのは、
いくら鼠に生まれた命なんだとしても、本当にやるせない行いだ。
なおやるせないとしたら、
彼のそういう心情を、同じ鼠の、普通に薄汚く生まれた連中が、
絶対に触れてこようとしないことなのだった。
彼らはみんな鼠である。
せいぜい薄汚れて目立たないように暮らしている人々である。
その中にあって、美しく生まれついたのに
それがなんの役にも立たないばかりか逆に身の上を災いに晒す元になっている。
だから彼はどんな鼠よりも美しい姿をしているのに、
どんな鼠よりももっと薄汚く生きる一生から逃げられない。
彼は胸のうちで、
せめて同類たちがもっとおれを嘲笑ってくれたらいいな
と思っている。
はっきりと見ているくせに
見えていないふうを装われてる
どうせお前らみんな鼠の癖に!
何がやるせないと言えば、まったく、不足無く、
この一つに尽きる。
彼は殊更惨めな鼠だった。
惨めなうちにけして表に出ない美しさを持った鼠だった。