小説「深呼吸ができない」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

もったいなくて。
こんな場所では息もできない。
最近山登りに取り付かれた友人がいて、ほぼ無理やりにトレッキングというやつにつき合わされたのだが、私は今この場所に腰を抜かしている。
深呼吸もできない。
もったいなくて。
浄いのだ、なんでもかんでもが。それは場所の時間が動かないからだと私は気が付く。
この山の、木の、石の苔の細かい草のあるか無きかの水の流れの、すべてが沈黙している。
動きがないのだった。
動かない。
生命が語るということを行っていないのだった。
いや、違う。
本当は違う。
止まって見えるのは単位が違いすぎるからだ。山の時間と、私の命が行われている時間が。
この場所は明滅を繰り返している。
恐ろしい速さで。微細な命が光速のごとく鮮やかにその生涯の始まりと終わりを、コンピュータの中で+と-がめまぐるしく運動しているように、行っているのだ。
命の循環。
あんまり速いので私にはそれが止まっているように見えるのだった。
この場所は浄い。
なので私の中の荒んで膿んだものが、それでもぎりぎりの倫理観で外に出て行くことを拒んでいる。こんな場所で自分みたいな人間が深く息をすることなど出来るわけが無い。
けがれ無きこととは変化しつづけるのを受け入れるということではなかろうか。
変化を拒んでひとところに拘ろうとする私は、だから必然的に汚れを溜め込む。
なのでこんな場所では深呼吸ができない。
それは敬意というものだ。人よりも動物よりも、単に一種類の「現象」としての。私の。
そんなことを思っていたら、誘った本人の方ではのんきにラジオ体操などしてお構い無しにすーはーを繰り返すのだった。




*よそのかたのページからインスピレーションを得て
再創作して打ち返す“キャッチボール創作”。
今回はゆゆさん↓
そんなせいで、こしている間にも
からいただきました。