自分の母親は30を過ぎてから結婚したので
当時としては晩婚というやつである。
小学生の時授業参観日に、
他のこのお母さんは柳のように細い体で
綺麗にお化粧施した状態で現れるのだが、
自分の母親だけだるまのように肥え太ってしかも断然ばばあであったので、自分はそれが大変きらいであった。
しかもあろうことか学年で一番のデブの林さんが、
「泉ちゃんはお母さんが太ってるから、泉ちゃんも大人になったら太るのよ。」
と言って来たことがあり、
他の誰に言われるともお前にだけは言われる筋合いがないだろう
と思ったんだけど、確かに自分の母親は酒樽みたいなデブだったから、何も言い返せなかったという思い出。
ところでその頃自分はせいぜい7~8歳だったんだけど、
自分の母方祖父母は
おぞましいくらい夫婦喧嘩する人たちだった。
じいちゃんにおいては
「こンの、だらずめが!!!!」
が口癖なくらい(注:だらず、というのはおそらくあほ、とかばかの意と思われる)
顔を合わせればその妻と言い争いばかりする人達だった。
そして自分は二年生くらいの時確かにおばあちゃんに言われた。
「あんな人と好き好んで結婚したんで無い!!」
これは人生で消しようのない結構な衝撃である。
“好きでもない人と結婚して子ども生んだんだ!!”
と、8歳くらいだったと思うけど自分はそう思って、そして、
言いすぎかもしれないが結婚というものに
白い果てしない絶望を最初に感じた瞬間。
その苦労人の祖母が、遅れるにも行き遅れた自分の母親がやっとで貧乏人の父に嫁ぐ時、かくのごとく言って聞かせたというのを、自分自身も伴侶を得る時に聞かされた。
“おとこのひとというのは、優しいから。何があっても辛抱せんといけん。”
いや、耳を疑ったね。
あの犬とタヌキが憎みあっていたような祖父母にして、
“おとこのひとが優しい”
とおばあちゃんが言ってのけたとは!!
もっとも自分が伴侶を得る時おばあちゃんは既に故人だったので、
本人に正す手段はなかったんだけど。
そうであるのを踏まえて自分は考える。
おじいちゃんはきっと、自分の子どもには優しかったんでなかったのかと。
そしておとこのひとの職能として、
自分の子どもに優しくなければ果たして結婚する意味があったのかと。
優しいということであれば自分は一族で一番のちびであったので、
母方祖父にはそれはそれは大事にされて幼児期を過ごした。
そしてまた死んだ父というのも、自分が言うのもなんだけど、
掌中の珠のごとくあいされて養育された。
おとこのひとの真価は子どもを愛育することにあるというべきか。
翻って自分の夫はその子どもに対して素晴らしく冷淡である。
潔癖症に過ぎるので一緒に湯船に浸かったことも無い。
抱いてミルクを与えたことすらない。
そもそもからしてどんな人間にも親愛や信頼を造らない人物である。
そんなひとが自分の夫をやっている。
自分は祖父に祥愛され父に溺愛され夫に必要とされて生きている。
なんだかおとこのひとの優しさというのが
自分の一点の元に集約されているような。
よって自分は一族のほかの女に殊更憎まれている。
だから男の人が優しいかどうかは、
自分の中ではまったく未知数の理論なのだ。