書き禅 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

まだ子どもが居なくて、無職で暇を持て余したのうなしだった頃、
それが好きだったからということと他にすることが無いというのと
両方の理由から自分はほっとくと
5~10時間くらいは延々とワードで文章を書いて過ごしていた。
毎日。
さまざまなことをやれえよ!
と今なら自分に言ってやるけどね。
精神的体力的社会的対人関係的年齢的
な能力の壁にぶち当たり、
それどころじゃなかったんじゃい!!

と言い返すだろうけどもな、あの頃のおれが。
ともかくも今から5年ほど前、そんなように毎日平均して
4、5時間は延々を何かを書く
という生活を送っていた。
人としてどろどろになりながら、世の中というものから一切の疑いを教授しながら
労働をしない若者というものを
信用する社会は存在などしないのだ!

というそのこと。
あの日々を今日振り返りましたら、
お坊さんがやる座禅みたいな感じだったなあ
と思ったのです。
書き禅と名づけました。
おれは徹頭徹尾何のためでもなく、
自分と会話をするために
自分と話をし続けるために
書いて書いて書いて書いて書いて
いたんだなあ、と思ったのです。
お経とかマントラとか真言(おんなじか)というのは
ラノベやトレンドの影響をもろに受けて、なんや、
「悪霊退散!」
というモノだと認識が広まっていますがそもそもは
“瞑想中に気が散らないように唱えておくもの”
なんでありましょう?
自分は自分が書くということから、
それはほとんど生きたり死んだりすることから
おれが自分で目を反らしたり逃げたり無関心を装わないように
文字を編んで文を講じてそれをもって
網を為し檻を居出し
この下らない人間の逃げ場所を必死で封じていたんだと思う。
文字になれ。
多分それが、
自分が生涯の終わりに願う本当のことだと思う。
文字になって世界に残れ。