小説「ここ一番様」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

影膳というのをご存知だろうか。
家族や親類が遠方を旅行したり、あるいは命の危険が付きまとう仕事に出かけるときに、
食事の支度をその居ない彼の分まで用意して、
お膳に揃えて祈願していると、行った先で食事にこまることがなくて
かつ無事に家に帰ってこられるのだと。
ちなみに影膳をこしらえている時に箸が転げたり椀が欠けたりするのは大変不吉なことなので、影膳の上げ下げは彼の妻か母親しかやってはならず、子どもなどが触ると干からびるくらい叱られたと聞く。
これは私のおばあちゃんから伝わる
我が一族では鉄板のお話。人が集まって飲んだり食ったりするときには、
必ず誰かが言い出して
「やっぱりここ一番様さまだから。」
と大盛り上がりになる話。
おばあちゃんと結婚してすぐの時、
兵役義務というやつでおじいちゃんは遠く海の向こうに行ってしまった。
(というか軍隊に参加しないといけないのが決まっていたから
間に合わせみたいに結婚したのだ)
おばあちゃんは毎日自分の食べるものよりもおじいちゃんのお膳を準備して、
どうぞご無事にお戻りを
と三度三度、毎日祈り続けたんだという。
その頃すでにめいめい膳で食事する習慣は廃れていたけど、
おばあちゃんは蔵にしまってあった古い箱膳を出してきて、
お米炊いてお汁作って、菜っ葉のおしたしやつけものとかあるものを沿えて、
毎日おじちゃんの部屋で祈っていたそうだ。
どうぞご無事にお戻りを、と言って。
来る日も来る日も何年も。
するとある日膳を下げようとしたら、飯の椀の隣に
置いたはずの無い柿が一つ置かれていた。
艶のいい、大きく肩の張った見事な柿だった。
おばあちゃんが自分で置いたはずは無かった。
その時9月の初めで、どこにもまだこんなに熟れた柿の実なんてない。
おばあちゃんがそのお膳を支度するのに
どれだけ必死か家の人間は皆しっていたから、
誰かがそんないたずらをするはずも無い。
おばあちゃんは、その不思議な木の実に感じるものがあって、
丸二日、自分の身辺から離さず考えあぐねたそうだけど、
結局自分で食べることはしなくて丸のまま家の庭の日の当たる角に丁寧に埋めたんだそうだ。
どうぞご無事でお戻りを
と、やっぱり同じに祈願しながら。
埋めた柿の実はすぐさま芽吹いて、
驚くことに2年後には見上げるほどの立派な成木になったという。
そしてその柿に白い花が一面咲く頃、
おじいちゃんが無事に戦地から帰還したのだった。
以来、我が家ではこの柿木が
「ここ一番様」
という風に呼ばれている。
人生で、たった一度きり、半端な覚悟でなく、どうかここ一番で、
という願掛けをすると、
必ず叶うんだと、子孫はみんな信じている。
ただし
ここ一番
でないとダメ、という制限があるのだが。
ちょっと宝くじを、とか志望校に受かるように、くらいじゃだめだ。
そんな祈願をしたとしても、叶いもしない、伯父さんに言わせると
「相手にされない。」
ということです。しかもその適当な願がきっちり一回にカウントされて、
一生の「ここ一番」をふいにすることになる、
だからよっぽどのことを選んでお願いをせい。
と自分は言い聞かせられて大きくなった。
さてさて大変こまります。
そんな、
一生で今しかないなんて、
そんな大層な願いを持つような、そんなすてきな瞬間が私の一生に訪れるんでしょうか。
その時私は誰の命を取り留めたいのか、
どんな光栄を掴もうとするんだろうか。
想像も付かない。
しかしここ一番様が居る限り、うちの家系はとにかくも
素晴らしくパワフルな願を抱く
ように生まれ着いているそうです。
運命を捻じ曲げる力。
とうといことだ。
そんな大それた希望を抱けるように生んでもらった。
どんなことに願を使いたいのか今は分からない。
でもこの面白すぎる設定をつけてもらって生きていくだけで、
私の今は充分幸運だと思っている。