小説「自転車を盗まれた夏」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

夏休み、
臨海学校から帰った私に、兄が厳かにこう告げた。
「稲積、お前のチャリが盗まれた。」
「えー!」
私は高校1年生だった。
学校は家からかなり遠かったので、自転車通学をしていたのだけど、その、通学に使っていた自転車が、2泊3日に臨海学校のさ中
(集合時間が早いし荷物が多いから、当日はお父さんに車で学校に送ってもらったのだ)
盗まれてしまったのだという。私が荒れ模様の海に投げ出されて、波が高い中無理やり遠泳させられて、あわや溺れる!?という苦難を凌いでいたとき、
(実際海はすんごく悪く、遠泳なんてどうするんですか、本当にやるんですか、と補助員としてついてきている水泳部と水泳部の先生と学年の先生たちの間でしばしすったもんだの議論か交わされたのだが、
結果断行されて、まんまと何人か溺れるはめになり、当然あとから、PTAで大いに問題とされた)
その真っ只中に自転車が盗まれたのだった。
なので9月になり学校が再開してから冬の半ばまで、私は失われた自転車の変わりにバスを使って学校に通うという生活を送った。
部活の朝連があるから、私は始発を使って学校に行った。
同じ便を使う人は少なかった。
しかし必ず、同じ時間にバス停でバスを待っている他校の男子がいて、その彼のことは十数年たった今でもなんとなく忘れられない。
21世紀の今となってはどんな高校に行ったって、それほどその後の幸福度に違いが出るとは思えないけど、私の高校時代はまだ世紀末だったから、
それは学歴至上主義が最後の火焔を燈していた時代だった。
そして、こういう言い方は良くないのだけど、
その男子の着ていた制服というのが、
カス男とかパー子の行くような学校、
ああどんなに言いつくろってもいい言葉ではない、
つまり中2の段階で「できない子」と判断された生徒が集まるような高校のものだったのだ。
そして彼は、
いつだって熱心に小さな本を読んでいた。
バス停にて。
まさに一心不乱に。時折線を引いたり、小さく暗誦したりしながら。
バスに乗ると本は仕舞って、かれは必ず左側の一番前の席に座るんだけど、そこでじっと前を向いて座っていた。カス男服の彼。
(酔いやすかったのかな?)
毎日同じ時間に同じバス停を使うから、かといって何か話したわけでもないのだけど、彼がいつも熱心に何を読んでいるのかはそのうち分かった。
英語とか歴史とかの、暗記に特化した参考書だった。大学入試に使うための。
カス男服の彼は大学に行きたくて必死なんだ
と私は思った。
そしてそれは非常に困難な道のりだろうと。
彼の学校はそもそも生徒にまともな授業を施さない。真偽の如何はともかくそういう評判を私は聞いていた。だから入学してもはなから登校しない生徒が多かったし、緑色のブレザーの彼らが日中のセンター街をうろうろしているのはいつまで経っても全く改善されないこの地域の
「問題」
だった。
でもバス停の彼はいつだってその小さな参考書を手にしていた。だんだんとぼろぼろになっていく小さな本を。何度もなんども読み返しているらしいその本を。
12月、私の無くなった自転車が、どろどろに汚れて河川敷に乗り捨てられているのを父が見つけ家に持ち帰った。
私は再び自転車通学となったのでバス停の彼とはそれっきりである。
自転車は修理に出され(鍵が無理に壊されていた)、泥もサビも落としてもらって綺麗になって帰ってきて、私はそのペダルを踏みコートでもこもこ武装して学校に通ったのだった。
冬の自転車は、寒い。
そしてバスの定期代は、思いのほか高くついた。