小学校の卒業文集に
「しょうらいの夢:
大人になったら大統領にびんたをします」
と書いて親が呼び出しを食らった。
自分はそういうテーマに関して無駄に熱くなる子どもだったようだ。
どういうテーマか、戦争だ。
東京大空襲とかヒロシマナガサキとか
基地問題とか米兵の横暴とか、
そういうものに対して小学生の男がよくするように
「ぜってえゆるせねえ!!」
といとも簡単に熱くなっていたのだった。
もう少しでかくなってからは、
何もあちらさんに痛めつけられているのは自分の国だけじゃない、
アジアでも、中東でもアフリカでもえらいめに遭っている人が居る。
無くてもいいはずの戦争や戦闘が無数に行われている。
それで迷惑蒙っているのは
実際に誰がなにを意図して世界で何が起きているのか
全く知らない人達なんだと、
そういう、学生1人でどうにも出来ないことに対して
でもそうだとしても
哀しむこともしなくなったらおれはどうしたらいいんだろう
と、これがだいたい青春の懊悩であった。
懊悩しながら何も出来ずに、いっそすることこともなく
おれは生きていた。
でも大学入学を機に、
おれはこの夢を実現する人間になるのだ
という思いが突如として結実を見た。原因がなんだったのかは忘れた。
しかし「豁然として目が覚めた」とでもいうのか、
「おれは米大統領にビンタをする日本人になる」
この一掴みの文字の生み出すものが
おれのアイデンティティのガソリンとなった。
「大統領なんかにビンタしてどうする。」
と人から聞かれると、こう言うふうに答えた。
「世界で一番強いのは米国だ。
米国で一番強いのは大統領だ。
だから世界で一番強い人間として、
ちっぽけな日本人の怒りくらい、
痛めつけられた人達の何億分の、
何京分の一かの怒りくらい、
受けるのが当然だ。」
呆れない人は居なかったけども。
おれはSNSとかいろいろ立ち上げて
「米大統領にビンタしたい男」
という“キャラクター”を拡散することに
6年間の大学生活の空いた時間をつぎ込んだ。
(6年という数字については深く考える必要は無い)
“現職、引退は問わない、
1人の若き黄色いサルによこっつら張られてやろう
という大統領が、だれか居ないか”
そういう書き込みを日々ネットに流し続けた。
そして支援したり賛同してくれる人を探し続けた。
そううまくいきゃしない。
冷やかしや中傷ならいい方で、一方的な罵詈雑言を食らうのは日常だったし(それは支離滅裂な文章であることが多い)
危険思想とか左翼(おれはこの概念について多くを知らない)
と受け止められることも多々あった。
しかし夢とは障害にぶつかるために存在するのだ
おれは何年もそういうことを繰り返して徐々にそう確信した。
確信した以上は
なんとしてもおれは大統領にビンタをする
1人の意味の無い人間に
全く関係のない怒りをぶつける
それくらいがなんだ、という程度のことを彼らは平気でやっている。
という思いが強くなって行った。
めずらしく続きます。