STAP細胞関連の報道がわちゃわちゃしているニュースを見ておりまして、研究者の倫理とか何が不正で何が捏造かは素人に判断することが出来ないにしても、
「論文に賦課された実験ノートが
3年間で2冊分しかなかった。」
という一文には
どんな素人でも
「おい、」
と一言くらい言ってみるべきだと
思ったお話。
「印象操作」
という奴かなと思ったのです。
報じる側が見る人に任意の印象を持ってもらうように
現状にふさわしくない表現をあえて選ぶ。
というような。
「実験ノートが2冊分しかなかった」
↑この表現ですが、
35歳以上の人ならまだごまかせるかもしれないけれど
30歳以下になってくるとかなり苦しくありませんか???
「ノート2冊分。」
昭和終わりごろ世代ならこの数文字から
「大学ノート2冊分」
を連想する人も多いでしょう。
だから「大学ノート2冊分の分量しか実験を行っていない」
とこういう風に解釈する人も多いんでないかと。
待とう。
今日日実験結果を
手書きで紙に記す若い研究者が
居るだろうか。
そんなわけが無い。
電子データにしてPCに保存するはずだ。
「ノート」って言うからみんな紙を閉じたものだと思ってしまうけど
本来Noteは「記録する」ちう意味ですから。
電子データで残した実験記録を
論文を作るときに
必要なものだけ抽出して抜粋して
2冊分にまとめることが
おかしなことなのだろうか
そもそもその2冊が
1冊につき100ページあったりしたら
どうするのだ
と思いました。
これがメディアの欺瞞というものだろうかと。
しかし書き手というのはそういうことをしない訳ではないのです。
読む人の印象を自分の思っている方向に操作したいときに
特定の単語や言い方を曲げたりそらしたりするようなことは
誰でもやることですが、
それが個人的な創作と
現実に起きていることの報道とでは、
まったく違う意味になるのだと
私は思って居なくてはいけない。
科学的な実験は
いかにたくさん失敗をするか
に掛かっていると感じます。
失敗条件を山ほどつくることで
本当に正しい成功条件を導き出す。
どんな研究者でも
思った結果が一発で出ることなんて、まずあり得ない。
その、
数限りない失敗データのすべてを、
出力して冊子にまとめようなんて、
そんなバカな話があるだろうか。
そして自分は個人的にはこの一連のニュースを、
ごくシンプルな女性差別だと思っています。
そしてそれは
「関東の連中はこういうこと平気でやるからなあ~」
という、自分の持つ文明人への偏見です。