小説「大統領にビンタした日本人」:後編 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

こつこつ続けた書き込み生活の8年目に、
やみくもに書いても仕方が無い、
似たようなことに興味を持っている、あるいは実践している人間を頼らなくてはだめだということにおれは気が付いた。
8年経たないと気が付かないのだから
それだけでおれのプランニング力の程度が知れるというものである。
誰を頼んだらいいのだろうか。
どんな人達がおれと同じことに興味を持ってくれるだろうか。
おれは大統領にビンタをする男だ。
どんな人達が大統領にビンタしたい! というふうに思っているだろうか。おれは文献を探したりニュースサイトを漁ったりしばし悩む。
試行錯誤の末おれは、
「反戦」「武装解除」「計画的核軍縮」
などのテーマで各種ネットワーキングに検索をかけ、
個人活動家とかNPOとかいっそ政治家のサイトに
「おれが見ました」という痕跡を残したり脈が取れそうなものにはコメントを残した。
それでもことは上手く行かなかった。
「ビンタをしたい」
というおれのその目的が、横っ面を張りたいという小学生みたいな言い分がそれでも
「暴力的」
と判断されてしまって、賛同してくれる人は現れないのだった。
「我々はそんな“暴力的”な方法ではなく、
もっと平和りに目的を果たしたいのだ。」
まじめな人ほどそういうふうに言う。
おれは思う。ビンタすら暴力として捉えていたら、
いったいどんな暴力をこの世から消すことが出来るというのか。
しかし暴力に対してまじめに考えているひとほど、そんなことを言っても仕方ないのだった。
書き込みを始めてから12年目に、やっとで幸運な出会い訪れる。
サイトにコメントを残しておいた報道写真家から、返事をもらうことが出来たのだ。
戦場やデモの現場に赴いてその現状を写真に撮る仕事をしている彼は、
「ここで起きていることを世界に伝えなければ」
という使命感より
「面白い写真を撮る」
ことを自身の職業的理念にしている、と言った。
「どんな環境でもそこが人の生きている環境なら、笑っちまえ無いと考える方がおかしいのだ。」
と西田さん(写真家の名前)は言った。そして
「日本人が大統領にビンタする画というのは、非常におもしろい。
是非自分にその現場を取らせて欲しい。」
かくて、おれのプロジェクトビンタは十数年の時を経てやっと現実的に動き出したのだった。
西田さんはさすがに世界中駆け巡っているだけ遭って、
ナイロン繊維くらいだけれども、ほそーいコネクションを世界中に持っている人だった。
だだしパンストの糸くらいの細さなのだが(その細さゆえに、プロジェクトの進行はさらに何年も順調には進まなかった)。
おれは会いかわらずSNSへの書き込みをせっせと続け、
西田さんはあっちこっちの外交官とか傭兵だった人とか軍隊のなんちゃらさんに粘り強く交渉を続けた。
西田さんがどういう言い方をしたのかは分からない。
たぶん、交渉というのはこちらにメリットがあるだけでは成り立たないのだと思う。ナニガシカはあちらの利益になるようなことも吹き込んだんだろうな、とおれは1人で推測する。
とにかく戦争とか軍隊という話題で切るとかの国は評判が悪い。
評判が悪い人達はイメージアップにそれはそれは気を遣うもんだろう、
西田さんが活動を始めて6年目の夏、ついに
「よろしい、私が殴られましょう。」
という人物が現れた。
セキュリティの関係で現職は到底無理だったが、2代前に退陣した元大統領が、こっちの申し出に応じても良いと言ってきたのだ。
ここへ来ておれのプロジェクトは俄然おれの国とかあちらとか他いろいろから急な一時的な注目を集め、なんとテレビカメラで記録されることとなる。
そしておれはここでやっと自分が外国に行くための旅券を持っていないことにも気付く。
セキュリティの理由、ということで舞台はハワイ大島に設けられることになったと現地のコーディネーターから通達がやって来る。
(ハワイにどんなセキュリティの利点があるのか想像も付かない。おそらく誰かが行きたかったんだろう)
おれは国際線の空港から飛び立ってホノルルに降り立ち、
「その瞬間」の前2時間をがっつり使って鼻毛一本から足の裏まで
徹底的に“おれという日本人”を調べ上げられた。
自動小銃を持っている人が居る部屋で、パンツ一丁になってだ。
しかしこのくらいなんと言うことは無い。なにしろおれは大統領にビンタする日本人なのだ。なんだったらこの、パンツ一枚だって脱ぐことになんの支障もあるはずが無い。
という意思を、ジェスチャーで示してみたんだけど、
さすがに「パンツははいてろ」と指示されただけだった(身振りで)。
「その瞬間」はハワイ大島の何かの公的施設らしかった。
おれは軍服に左右をがっちり囲まれて、会議室みたいなところに入らされる。
カメラのストロボとか拍手とかぴーぴー言うのでおれは迎えられた。
西田さんがさかんにフラッシュ焚いているのが辛うじて分かる。
いろんな色の肌の人が居て、盛んにそれぞれの言語でやってきたひょろひょろの日本人について何か言っている。
そして待っていたのはクリーム色のスーツを着た小太りのおばちゃんだった。
予想に反して。
いかにも「いいひと」なかんじの50はいっているおばちゃんが、ににこにこ笑いながら、おれに向かって握手を求めてくる。
お付の人みたいなのがおばちゃんに対して
「プレジデント。」
と言ったとき、おれは一瞬にして
かつがれた
ことを悟った。
ディス イズ アメーリカ
と誰かの言うのが聞こえる。「ドッキリ成功!!」と書かれたフラッグが今にも何処かから出てきそうな和やかに盛り上がった部屋の中、手を叩いて喜ぶ群集、一転親しげに肩を立て居てくる左右の軍人に、
凍りすぎて紫色になったような怒りが血管の強烈な圧縮によって逆流し、
「ユー、マスト、ノウ、」
英語が正しいか分からないし、おそらく伝わっていないのだが、
「大和魂!!!」
の、ダマシイ! と同時におれはおばちゃんを全力で張っ倒した。
生涯で一番のビンタだった。
ぽーんと何かがはじけ飛んで、おばちゃんが鼻血を吹いてお付の人といっしょに床に転がった。
歯が飛んだのが先か鼻血を吹いたのが先か、もう分からないけど、
ダマシイ!! の2秒後にはおれはもう軍人によって床に押さえつけられていて、
銃口もこっちを向いていて、
どうなったかと言うと、それから5年ほど祖国には帰れなかったのだった。
直後に知らされたことには、あのおばちゃんはまさかの現職大統領だったのだ。
しかも初の女性大統領。
おれの申し出に応じたのは、2代前のおじいちゃん大統領だったんだけど、へたに報道が盛り上がったために現職のおばちゃんの耳にそのことが知れてしまい、
で、おばちゃん本人もきっとおもしろがりだったんだろう。
自らが「私が殴られましょう。」
とチェンジを申し出たんだそうだ。
そのことは当然コーディネーターつてに教えられていたはずで、
向こうはそういう意図が伝わっているものと思い込んでおり、
実際はおれの英語力のせいで全く伝わっておらず、
かるいほっぺたぱちんを想像していたところあろうことか現職大統領が負傷するという自体になってしまった。
そんなわけでおれは5年ほど向こうの監視のもとに軟禁を強いられ、
自分の国には帰ることが出来なかった。
どっちの国の政庁も振って湧いた椿事に対処がおおわらわだったと人が教えてくれた。
(最初の2年は一切の情報に触れさせてもらえなかった)
こういうわけでおれの人生の目的は果たされる次第となった。
そしてたぶん、ほんのちょっとだけど、
世界も変わった。