不精があんまり過ぎたもので、
春が来たかと浮かれたついでに
万年床を上げてみたらまさかの畳がカビていた。
自分は恐れをなした。
なんというものの上でおれは一冬寝ていたというのか。
というわけで今日の午後は何も手につかず、
生えてしまった畳のカビを拭いて、
ドライヤーかけて、臭い嗅いで、臭くて、
また拭いて、という作業を延々と繰り返していた。
その作業を、何時間もやっていたから、
ということとは関係ない。
しかし自分は何故か北田さんのことを思い出した。
思い出しただけで、顔も、下の名前もさっぱり浮かんでこない。
自分と北田さんは小学校の同級生で、
ある日自分は北田さんの家に遊びに行ったのだった。
なんでおれは北田さんちなんかに遊びにいったんだろう。
仲が良かったわけでもないのに。
わきの下みたいな色になってしまった畳を
タオルで乾拭きしながら、
おれはその時のことを順に思い出す。
北田さんは住宅に住んでいた。
おかしな日本語だな。
住宅に住んでいない人というのは、なんだというのか。
「住宅」、それは人が住んでいる場所、もの、空間だ。
住民票を持たない方でも、ブルーシートや段ボールの
「住宅」を持っておられる。
だからそうでなくて。
おれが子どものころ、町のはずれにぼろぼろの町営住宅が立っていて、大人たちがそれを単に
「住宅」
と呼んでいたのだ。
「町営住宅」略して住宅に違いないのだが、
そんなことはがきんちょのおれには分からなかったから、
おれは、単に、
長屋みたいなアパートみたいな北田さんちのことを、
「住宅」というんだとばかり思っていた。
実はおれはひとんちに自分一人で行くのは北田さんちが初めだった。
小学校1年生の春だったから。
おれはありがちにはしゃいで勝手に騒いでいた。
北田さんの住んでいた「住宅」は
メゾネット式の長屋とでも言うのか、
当然一戸建てよりはずいぶん狭く、敷地も小さいのだが、
おそらく北田さんのお母さんの努力ではないだろうか。
とても計画的に棚や物入れが配置されていて、
散らかっているものは何も無くて、
さりげなくポスターや花が飾ってあったりして、
なんだ、その、
すてきに見えたのだ。
とても感じのいい家だとおれは思ったのだ、単純に。
すげえなあすげえなあ、おれんちよりすげえよ、
おれんちより広いわあ。すげえなあ。
とおれは街に出てきた村のネズミみたいに、
一人で勝手に、最後まで勝手に
騒いでいただけだったのだ。
だから悪いとしたらおれのほうだと
今は思う。
帰ろうとしたときのことなんだ。
玄関に脱いだはずのおれの靴が、
無くなっていた。
勝手口や、歩き回った近所の川沿いなんかも、
必死で探し回ったんだけど、
おれの靴は何処にも見つからなかった。
無いはずがない。何処に行ったんだろう。どこに忘れてきてしまったんだろうか。
おれも北田さんも必死で探したんだけど、
どうしてもおれの靴は見つからない。
おれは困り果ててめそめそ泣き出して、
北田さんのお姉さんが仕事から帰ってきて
おれの家に電話を掛けてくれたのだった。
そしておれのおじいちゃんが自転車に乗って、
長靴持って迎えに来たのだった。
その夜、お父さんとおじちゃんがものすごく怒ったような顔で、
「お前は玄関に出てくるな。」
と言った。
言われなくても出られねえよ、とおれは思った。
何故かって、玄関からどこかの小母さんのものすごい罵声と、
継いで侘びをいれる弱弱しい声と、
子どものひいひいいう泣き声が
間断なく聞こえてきていたから。
何時までも。終わりが来ないみたいに。
「住宅」は地域の大人に蔑まれていたのだ。
低所得者層、ごろつき、いかがわしい仕事をしている女。
そういう人間ばかり住んでいる。
そういうふうに大人たちは考えていた。
もうあれから有に20年経つし、市の予算が組まれて
町営住宅自体も綺麗に改築されている。
そもそもごんたくれなんて初めから居もしなかったのに。
しかしそういう風に思う大人は確かに存在していて、
そして北田さんは、
そういった事情が並べて手当たり次第
悔しくて仕方なかったんだろうと思う。
おれの靴をゴミ箱に隠していたのはそういう事情によるのだ。
「もう住宅のもんとは口聞くな。」
とおじいちゃんは怒っていたけど、
小学校を卒業するまでおれは北田さんと
用があればふつうに会話していた。
カビた畳を拭きながら、
おれは脈絡も無くそんなことを思い出している。