じいちゃんがビー玉みたいな顔していた。
へんな言い方だとは思う。でもそんなふうに見えたんだ。
赤いような、青いような、
いや赤いところや青いところがあるというのか、で、
あるところがぐるぐるぐるぐる動き回ってるというのか、
ようするにそういう変な顔していたんだ。おれは会合で酒飲んできたんだ、
そう思っていた。
がじいちゃんはそのへんな顔でおれを睨んで、いきなり言ったのだ。
「お前、接待さんが家行ってなんぞしでかしたか!」
突然そんなことを言った。
こっちにきてからじいちゃんにどなられたことなんてない。今までそう何回も会った事があったわけじゃないんだけど、おれはすぐにじいちゃんのことが好きになった。
そのくらい優しくしてくれていたのだ。
なのに、豹変、じいちゃんがものすごい顔でおれを睨んでいる。
「接待さんが家行ったかちて聞いとるが!!」
訳が分からずおれは言った
「接待さんてなに?」
「奥の大きな家に行ったことがあるだか、ないだか、どっちだちていうだ!」
「瓦と門が黒い家?」
「知っとるだか! 行っただか! 行ってなんぞしたか!?
だれぞ会うただか!!」
おれはじいちゃんがなんでそんなことを怒っているのかさっぱり分からず、分かっていなかったのであったことをそのまま話した。へんなやつにあって、ちょっと話して、で話通じなかったから、怒って、それで、
「お前接待さんに目のことを言っただか!?」
とじいちゃんはもう叫ぶみたいに言うのだ。
「だってあいつへんなんだよ。見えてるくせにさ、おれに、」
おれが話せたのはここまで、じいちゃんは、
「だらず!」
とおれを脳天からはっ倒したのだ。おれはまだ飯って食ってたんだけど、
汁椀ごとひっくりかえってお母さんが悲鳴上げた。
おれを殴り飛ばした後じいちゃんは なんちゅうことだあ と言ってへなへな尻餅ついた。
「マレガミサマが逃げんさった。」
じいちゃんがあちこちに電話を掛け出して、5分もしないうちに村の主だった家のじいさんやおじさんたちが、じいちゃんちにぞろぞろ集まった。
おれは何かビッグイベントが起きているのは分かった。
そしてそのイベントを、どうもおれがやらかしたらしいのだと。
だからおれは、お母さんの隣にぴったり座ってぜったいに離れまいとした。
というかお母さんがおれの手首をきっちり掴んで離さなかった。
じいちゃんと近所のおじさんたちはああでもないこうでもないといつまでも話続けた。
「そんでも、しゃあのないことだけえ。」
と、そんな言葉が何度か聞こえた。
その度にじいちゃんが、
「まあ待ってつかんせえ。」
と言ってたんだが、そうなんども言いかえすことが出来なくなったみたいで、
真っ黒い顔になっておれのことを呼んだ。お母さんはやっぱりおれの手首を離さなかった。
そしてじいちゃんは
『マレガミサマ』の話をしたのだ。
じいちゃんたちの集落はもともと大きなサムライの家の家来をやっている人達だったらしい。
あるときそのご主人様のサムライがなにかへまをやらかして、
じいちゃんたちのご先祖(おれの先祖でもある)は今の場所にみんなで引っ越さないといけなくなった。
で、あわてて村ごと引越しをしたんだけど、引越しがすんだ次の年くらいから数年、
田んぼや畑が荒れにあれてほとんど食い物が作れない年が続いた。
ご先祖たちはそれじゃ困るから、拝みやを雇っていろいろ視てもらったという。
そしたら拝みやは、
「元の村の地主神が怒っている」
と言ったんだ。ご先祖たちはあんまり急に引越しをしたもんだから、
村の守り神の神社をそのままほったらかしにしてしまったらしい。
『自分は長年この土地と人を守ってきたのに
人のほうでぞんざいに捨てていくのはなんとも悔しい』
村の神様はそう言って、腹いせに田んぼを荒らしたのだという。
で、拝みやの仲介した解決策というのがこうだ。
『自分は二度と置いていかれないように、
今後は土地でなく人に宿りたい。
よってこの氏のものを代々一人、
自分の連れ合いとして巫妻に立ててほしい。』
つまりは人柱? ちがうかもしれない のようなものを造ってくれということらしかった。
結果、あの黒い瓦の家から毎回一人、
「接待さん」
という神様のもてなし役を出すことになったらしい。
神様の相手をする人間は普通と違うところがないといけないから、
もともとそうならいいんだけど、適任者がいないときは、
わざと膝を砕いたり目を潰したりしてたという。
ここまで聞いておれは充分冷え切っていた。
生まれて初めて冷や汗をかいた。じいちゃんたちがなにを話しているのか分からなかった。
「おまえがマレガミサマの封じをといたから、マレガミサマが接待さんから逃げんさった。
早く新しい接待さんをださんと、マレガミサマがまた怒んさる。
だけえしかたないが、今度はお前が接待さんをするだ。」
「お父さんちょっとまって。」
お母さんが我慢できずに言い出した。一体なんの話をしているの。
「なに、今はそんな非道をするということじゃない。
ただこいつにこれからずっと目の見えんようにして居らせっちゅうことだ。
ほんとに見えんようにするわけじゃない。」
「何言ってるんです! 今時そんな非常識なことを!」
とお母さんは言ったんだけど、
やかましい!
と一喝されただけだった。
だまっとれ!
と。で今度はお母さんとじいちゃんたちの言い争いが始まった。
あのへんなやつが目の見えないふりをしていたのは分かった。そして今度はおれがその役をしないといけないらしい。
そのことについてはさっぱり分からなかった。
「分かりました。今晩一晩私がこのこと一緒に寝ます。
明日の朝までに何もなかったらいいんでしょ。
そうしたらもうこんな時代遅れなことはやめてください。
さっきのこだって可愛そうでしょう。」
結局こういうことになったのだった。
明日の朝までに。
今夜なにが起きるのか、誰も教えてくれない。
背骨の出っ張ったところを汗がつーっと流れて、ものすごく冷たかった。
おれはお母さんと一緒に和室で寝ることになった。
真っ暗で何も見えなくしてあった。
おれは、もちろんここ何年かそういうことはしていないんだけど、
その日ばかりはお母さんの布団に入って、手を握って、目をつぶった。
じいちゃんが最後に言ったのは、
「いいか、明るくなるまで、どんなことがあっても
ありません、
以外のことを言うな。」
お母さんの手も冷たい汗で湿っていた。
おれはお母さんの体にしっかりしがみついてたけど
耳の奥の血管がぐん、ぐん、鳴るのがうるさくて、とても眠れない。
でも声を出したらいけないと我慢していた。
耳の中が、わわわわわわわわ、という音で一杯になったみたいで、
おれはいやでいやで仕方なかった。夜は長かった。
わわわわわわわわわわわわわわわわわわ
という音はいつまでもいつまでも続いた。終わる気配がなかった。
きっと緊張して神経が張り詰めて、一時的に幻聴みたいな状態になったんだと、
今なら思える。
でもその時のおれのそんな余裕はなかった。
わわわわわわわわわわわわわわわわわわ
という音は途切れることなくどんどん大きくなる。
わわわわわわわ
わわわわわわわ
わわわわわわわ
大きくなりながら、合間合間に何か別のことが聞こえるようになりだした。
、、、、、 、、、、、、 、、、、、、
途切れ途切れに、何か話しているような声が聞こえてくる。
おれは息も止めていた。
絶対に何もしゃべったらいけないと思い、必死に、
ありません
ありません
ありません
ありません
ありません
と念じていた。
息とめて、苦しくなってそれで気絶できたらいいんだと思っていた。
、、、、、 、、、、、、 、、、、、、、
とぎれとぎれのこえはいつまでもきこえつづけた。
「、、、、、はあるのか
、、、、、、はあるのか
、、、、、、はあるのか
、、、、、、はあるのか」
とずっと聞こえてくるので、おれはずっと
ありませんありませんありませんありませんありませんありません
と念じ続けた。
夜は長かった。
おれは10歳だったけど、その夜だけ絶対に100年分の時間を知っていたと思う。
気が付いたら、いつからか
ぴぴ、ぴぴ、ぴぴ、ぴぴ、ぴぴぴ、
目覚まし時計の音が聞こえていたのだ。
目覚まし時計が鳴っている。7時になった。朝だ。朝になっているんだ。
おれは安心のあまりにそれが確実なのを確かめたくて、
100年のけいむしょが終わったのを確かめたくて、
開放されたのを知りたくて、
目を開けて布団の中から這い出した。
そして、最後に
「それ」
を視た。
その瞬間おれの本当に永い
「夜」
が始まった。
「マレガミサマ」・終嘆 に続きます