目が見えなくなった後僕は広島の父のところに戻った。
これについては祖父をはじめあの集落の年寄りたちが群れをなして反対した。
接待さんになったどま、よその土地にいったらいけん
そう言ってあわくって止めにかかったんだけど、
あのあんまりにも永い夜があったために、母が自分の生地に対してもった
嫌悪というのかいっそ恐怖は、救いの無いものだった。
母はほとんど狂乱してあの土地を離れたがった。
もしどうしても方法がないと言うのなら、夜逃げでもなんでもしただろう。
なんなら祖父を殺すくらいのことはしたかもしれない。
今にしてそう思う。そしてそんな母に対して、何もかもすまないと思うけど、もうどうすることも出来ない。
しかし体が一部不自由になった以上、どうにか生活していくためには
あの場所よりはもっと設備の整った街に行く必要があったのは確かだ。
僕は2年の後、広島の視覚障害児の支援クラスを持ってくれる小学校に、
再び4年生として通い出した。だから僕の時間はほかのみんなより2年遅れている。
自分としてはそれを特に不都合のあるものだとは思わない。
その2年間は僕にとって、ほぼ存在しないのと同じことだからだ。
中学を卒業したあとの生活を考えるために少し苦しむ時間必要だった。
特別支援学校の高等部に進学するのか。
多少無理でも普通科を受験してみるのか。
いろんな選択肢があったし、もちろんいろんな選択肢が初めから存在しなかったし、
僕はもっと自暴自棄になっていてもよかったのかもしれない。
が、幸運だったというのか、それは僕にとって、中学で僕に指導してくれた先生によい出会いがあったのだ。
その先生は僕に音楽を教えてくれた。
聴覚の訓練の意味でもあったし、単純なレクリエーションでもあったんだけど、
先生は僕にギターの弾き方を教えてくれた。
糸の何処を押さえたら、どんな風に音が為るのかを。
僕はその世界に夢中になった。
それは絶対に一つの世界で在った。
あの暗すぎる夜の後失ってしまった世界より他に、
世界が存在していることを僕に分からせてくれた。僕はギターから生えて生まれてきた虫みたいに、可能な時間はすべて糸を鳴らして生き続けたのだった。
結局それが幸いして、
音楽系のクリエイターの事務所に職を持つことが出来た。
僕は自分でメロディラインを製作することもあるし、
人の創ったラインのベースを作ったり補正をしたり、
デジタルの作業をしたりする。
一人暮らしはまだむりで父の家に暮らしているんだけど、
40になるまでにはこの街で一人で生きていくことが出来るようになるのが目標だ。
「マレガミサマ」
は結局守り神ではなかった。
先祖は領地替えをさせられる時に、次の土地に住み切れずに余剰になった人数分、
家を切り捨てたのだ。
もう元の土地に住む事もできず、新しい土地ももらえない何件かの家を、
捨ててあの土地に移り住んだ。
「マレガミサマ」の「マレ」は
「稀」めったにない、と言う意味もあるのだが、他に
「客」やってきたもの、どうにもついてきたものという意味で先祖は思ったらしい。
意味のないことだけど、僕は今こんな風に思う。
呪いはあくまでそれが単体で存在するのではない。
呪いにかかったとおもう人間がいないと
呪いは存在しない。
当たり前のことかもしれない。だが逆にいうなら、
『呪いにかかった』
と感じた人間が居る以上、呪いは存在するということなんだろう。
接待さんを作ったのは、うしろめたい心がそうさせたからなんだろう。
呪われるくらいのことをしたからと思ったんだろう。
そしておそらく言い訳の意図があったんだろう。
『自分たちの中にもこういう苦痛を生きているものがいるから
あなた達だけが苦しいわけじゃない』
そういう言い訳をしたかったからなんだろう。
だから僕の目が見えなくなっているのも、
マレガミサマに持っていかれた
と強烈に思い込んでいるせいだからかもしれない。
マレガミサマの哀しみに答えるために
目を持っていかれたんだと思い込んでいるからなのかもしれない。
だとすると、僕がもう一度朝を取り戻せた時に、
マレガミサマは本当の意味でこの世から放たれていくのかもしれないと思ったりする。
いや、それはウソだ。
正確には、ぼくは自分にそういうウソを付きたいのだ。
もし僕が死んだら、マレガミサマはまた別の
捌け口
を探して生まれだすだろう。
自分の非業の受け口となる誰かが居ないことには、
またあの集落に災厄を与え出すんだろう。
僕はどうしてもそんなことを思ってしまう。
そしてそうである以上、二度と再び朝を取り戻してはいけないと思う。
だってあの時
「それ」
は確かにこの世界に存在していて、僕の目を見て言ったのだ。
「あるではないか」
と。
そしてそのために僕は「それ」の怒りを全身で買ったのだ。
あの夜居たのは客間で僕の使っていた部屋ではない。
目覚まし時計はそもそも無かったのだから。