広島で生まれて、そこで僕は小学校まで暮らした。
しかし当時両親の間になんらかの不和があったらしく、10歳になる少し前くらいだったか、
僕は母の実家のある山ん中の家で、母と母の父と三人でしばらくの間暮らすことになった。
山の中、というより、あちこちに山があった。
なんでもない物みたいに。むしろ平らなところが少なかった。場所を惜しむみたいに。
そのくらい、どっちを見てもとりあえず山はある。そういう場所。
普通に人は住んでて、ショッピングモールもあって、ゲームも買える。
ただ母の実家、祖父の家は、本当に山の中だった。
山の中、というかなんだか砦みたいな。
街中の、山と言うより木がそこだけ集中的に生えていて、
生えすぎて土ごと盛り上がってしまったみたいな、
そういう場所にに包まれているみたいに、家が何軒か密集しているのだった。
僕には最初からそれが妙なものに見えていた。
この辺りで取れる土がそうなんだ、とじいちゃんが言った。
赤くて粘り気のある、いい土なんだそうだ。
だからじいちゃんちも含めて、みんな屋根の瓦がオレンジ色している。
でもその家だけ真っ黒だった。
村の中に、一軒だけ瓦が真っ黒な家があるのだった。
だからおれは最初からその家が酷く目に付いていた。
ひときわ大きな、屋敷って言ってもいいくらい古くてでかい家なのだ。
それにオレンジが密集している中にいきなり黒い屋根は、絶対に目立つ。
おれは学校が終わって一人ですることなくて
(同じくらいの歳のやつがこの辺にいないんだ)
その、黒い屋根の家の辺をうろうろしてみることが多かった。
本当に古くて大きな家だった。大きな門があって、蔵が二軒立っていた。
土台が石で組んであって、恐ろしく頑丈そうな黒い門。
その門から中に入ってみようとは思わなかったのだ。
が、門を通り過ぎて道なりに進み右に折れ生垣にそって歩いていくと、
もうその向こうは畑が広がっているだけで、家の中を覗くのに
なんの邪魔もないのをおれはずぐ覚えた。
だからおれはいつもその場所へ行って、広い、裏庭? を覗いた。
へんな奴が居たのだ。
裏側には畑仕事に使う道具をしまっている(とじいちゃんが言っていた)
物置があって、濡れ縁というのか、そういう開けた廊下が見えて、
でそいつが座っていた。
おれは見るたびにへんな奴だなあと思った。頭全体、フードみたいなものでいつもすっぽり覆っているのだ。それ以外の状態を見たことが無い。
あんまり深く被っているから顔がほとんど見えない。それにおれより少し小さいくらいだろうに学校に来ていない。
そんなことが分かってから、おれは断然そいつに興味を惹かれていた。
「よお。」
ある日、生垣の切れ目から、おれはそいつに声をかけた。
「お前、いつもそこでなにやってんだよ。」
そいつは自分が呼ばれたんだと全然分かってなくて、
無駄にその真っ白な頭を振りふりしていたんだが、やがておれのことに気が付いた。
「だれ。」
「おれここに引っ越したんだけどさ。」
おれは言った。正確には引っ越したんじゃなくて、ちょっと泊まっているだけなんだが。
「お前、なにしてんの?」
「なにしてるのって?」
ばかみたいにそいつは聞き返してきた。おれが話しかけてるのが、不思議でたまらないみたいだ。
「なにって、学校いかないで毎日なにしてんだよ。いいのかよ、そんなずっと家にいてよ。」
「家にいなくちゃいけないの。」
「なんでだよ。」
「目を悪くしているから。」
そいつは言った。おれはわかんねえな、と思った。
「目が悪くても学校いくんだぜ。」
まっしろな頭が斜めになった。
「どうして?」
「どうしてって、よお。お前ばかなのか? どんなやつでもとりあえず学校は行かないといけないんだよ。しらねえのか?」
「目を悪くしてるから、家にいなくちゃいけないの。」
らちがあかねえなあと思った。
「目、いつから悪いんだ。」
「ずっと。」
「ずっと? 生まれつき?」そいつは白いあたまをこくんと揺らした。
「なんでそんなもん被ってんの?」
「目を悪くしてるから、被ってないといけないの。」
「変な奴だな。目が悪いんならよけい見えやすくしろよ。じゃまだろ。顔が見えねえよ。」
「目を悪くしてるから、被ってないといけないの。」
おれはイライラした。こいつの言っていることはめちゃくちゃだ。
おれにはそいつが何のためにそこでそんなことをしているのか全く理解出来なかった。
恐ろしく理不尽なことが起きているのは分かっていた。
しかしその理不尽は、現実に起きているのと全く別のことなのに、そんなことにおれの考えは及ばなかった。
理解出来ないことのイライラが、暴力的に高まって、おれのなかに意味の無い欲求を湧き出させた。
この白い被り物の下になにがあるんだろう。
と。
どうしてそんなことを思い至っただろうか。
そしてどうしてわざわざそんなことをしたんだろうか。
おれは苛立ちに任せてそいつんちの庭にずかずか入っていって、
そいつの頭から白いものを剥ぎ取った。
伸び放題の髪と、まっしろい顔と一緒に、ぼけてていても、貌がなくても
顕かに息の通っている目が現れたのでおれは無性に腹が立ったのだ。
そいつは一向にきょとんとしておれを見ている。
顕かにおれを見ているのに、訳がわかった顔をしない。
「なんだよ。お前目が悪いことないじゃないか。」
おれは吐き捨ててやった。
「おれのことちゃんと見ているじゃないか。」
腹が立つ気持ちが抑えられなくて、おれはそいつの頭に乗っていた白い布を地面に叩きつけると、それでそのままじいちゃんちに走って戻ったのだった。
晩飯を食い終わったとき、会合だといって出かけたじいちゃんが
ものすごい顔して雪崩れるように茶の間に入ってきた。
*めずらしく続きます
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