心当たりの方が、おられたら | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

アメブロを始めたばかりのころで、使い方に慣れていなくて、
なんて方だったか分からなくなってしまった。
読者登録していたわけではなかったので名前も分からず
探しようの無い方なんですが、
鳥取で仏教の僧侶をしている方だったかと思うんです。

自分はそのころ
(↑今もだけどな)
誰と言うわけでもなく誰とでも
ことあるごとに文句を垂れあうような生活が続いていて
しょっちゅう切れ飛ばして夫を嘆かせる始末でありまして、
荒れというならあれあれで
縒れというならよれよれだったんですが、
そういうときコメントをさせていただいておりました。

「自分は自分がくそやろうに過ぎるので
生きているのがむかむかして叶わないんですが、
どんなものでしょかね。」

とかなんとかそういうことを書いた気がします。
そうしたらその方が、
「善行とは感謝です。
感謝する気持ちを持ってください。」


と言葉を掛けてくださいました。
が、その時の自分は今の○一つ分くらい多く
(通常の三倍)
嫌悪の度合いが酷かったので、
目に付くものならなんにでも、
このくそやろうの因果に繋がるものには何一つ
感謝なんてできるもんか
とかなんとか言う返事を返してしまったんでした。

最近気付いたんですが、
どうも自分はいつの頃からかよその方のコメントに
「よろこびます」とか「しあわせです」
と書いていますね。
何時ごろからかちょっと確認できませんが、
なぜかいつも平仮名で
「ありがとうございます」
とか書いていますね。

なんぞ変ったぞ、おれは。

なんぞ変りょうるぞ、おれは。

そう思いました。
そう思ったのはやはり、読んでくださる方があるからで、
それが嬉しいとおもえたからなんでしょう。
ありがたいことです。

今画面の向こうのあなたに、
全身土下座。