何度目かの失業のあと広告会社の営業の職を得て、
自分よりもいくらも若い先輩社員が
心から親切に仕事を教えてくれたのは幸運なことだったけど、
彼女は若く魅力に富んだ人物だったからなのかどうか、
情けなく苦しく強く惹かれたのはおおいに辛いことであった。
彼女は結婚し、そのために退社することになっており、
自分はその後釜に採用されたのであり、つまりなんなのだ、
物事が始まったからと言って、
最初からどうにかなるわけでもないと言う、情けない話なのだった。
彼女はさきに開けた人生の幸福にあたたかく包まっている状態で、
かといって眼もくるまって何も見えていない訳じゃないのが聡明でいっそ哀しかった。
彼女は結婚することによってなにかと決別しないといけない、
諦めなければならない、
これまで必死で積み上げてきたものをいろいろ0にしないといけないという
人によってはやるせない状況に置かれ、
だから寂しがっていたけど基本的に強い人なのだった。
あんまり歳が離れているので恋と呼ぶほど自分を恥するつもりはないが、
憧憬というのかこの想いは、
なにを悼むか懐かしむというのか、
しかし彼女は自分が40幾年の人生で
間違いなく叩き潰してしまった某かの人や物の、
息をしている偶像なのは確かなのだった。
営業というのは得意先との連携を密にするのが重要。
広告を発注してくれる業者はだいたい決まっているから、
切れず離れず顔見て話をして、時にぐちやいやみを聞いてあるいは冗談を交わし、
「仕事」というボードの上に乗った駒どうしという関係を維持する。
そんなふうに、彼女は仕事のこつを語った。
その3ヶ月ほどの間に自分は彼女と一緒に行動することが多く、
一緒に街を歩き回り一緒に渋い顔の「しゃちょうさん」に会い、
合間のうどんやでいろのない昼食を伴にした。
あんまり歳が離れているので、彼女のほうから何か話掛けてくることは少なかったし、
自分としては自分なりの事情で、
何を話せるということも無かった。
なあ、おい、
おれには何かをどうにかすることが出来たのか?
次の月にはめでたく結婚した女の子に。
自分の半分くらいしか生きていない女の子に。
自分の倍生きているおじさんとして彼女に。
だからというかおれは何もしなかった。
だからといってどうすることも出来なかった。
だからということでもないだろうが
なにもかもどうにも為らない事だった。
そしてすべては元通りになった。
何を得るでもない日常におれは再び埋没して行ったのだった。