クラス替えすぐの学級会で、
みんなが一枚ずつ「じこしょうかい表」を書くように言われていて、
みょうに無言な教室で書いていた。
となりの席を見たら岸が、
「しょうらいのゆめ:せんにん」
と書いていて、反対となりを見たら西田くんが
「しょうらいのゆめ:よすてびと」
と書いていたのだが、
「しょうらいのゆめ:ねなしぐさ」
と書いた俺だけがなんでだか後で叱られたのだった。
とても不服だった。
しかし担任の先生が、
「お前、両隣見て書いただけだろう。」
と言った。そう言われたら、そうなんです、としか言えない自分に俺は気付いた。
俺はそもそものスタートからそういう人間だった。
根無し草がなんなのか、知りもしなかった。
しかし4年生のクラス替えで将来の夢を
「せんにん」と書いた岸はすごい奴だったと今でも思う。
西田君本人はきっちり当時の夢を実現していた。
もっとも21世紀の今「よすてびと」は「ニート」
(Non Education Embyloment Traening)
と言う言葉に代わっていて、誰も尊敬しない代わりに
誰からも責められることが無い。
岸がどんな生活をしているのかは知らない。
しかし「せんにん」に為っていると言うのなら、
おそらく俺の想像も付かない暮らしを送っているんだろう。
せんにんが容易く思い至る存在ならば、おれはせんにんに憧れるどころか
そもそも人である必要すら、目指さなくなってしまいそうだ。
岸にはどうか俺が思いも寄らない生き方をしていて欲しい。
スイス銀行の頭取に為っていて欲しくない。
なぜならおれはそのことを思い至っているから。
なんなんだろうな。
でも、俺はあの時きっと本当に願っていたのだ。
何をか。
せんにんとかよすてびとなのだ。
何ていうのかな、わけの分かった生き方はしたくなかったのかもしれない。
そして今めでたく根無し草を俺はやっているのだが。
あてもなく現場から現場を流れていく日雇い労働者をやっているんだが、
求めていたのはそういうことじゃなんだ。
年末、ということだからか知らないが道端で炊き出しをやっていて、
なんだか俺も豚汁もらってしまった。
「来年があなたにとって世界にとって、良い一年でありますように。」
妙なほっかむりをした婆さんがそういって笑ってくれたんだが、
なんだってこんなほっかむりを、と思ったら、建物の屋根に十字のあれが付いていて、
そこは教会なのだった。
「俺ブッキョーですけど、大丈夫ですか?」
と言ったら、係のその婆さんはにっこりきょとん、と首を斜めにして、
「この世界はみんな神様のおつくりになったものですね。
だからあなたもきょうだいです。私と同じ。そうですね。」
と、分かるような分からないようなことを言った。
ことによると大分ボケているのかもしれないなと俺は思った。
違うんです。
俺は思った。
違うんです、違うんです。
なんていうのかな、俺が為りたかったのは、
俺が「せんにん」に憧れたのは、
とりあえず俺がこの世界で一番
俺について詳しくなりたかった、っていうのかな。
俺は、世界中の誰に対しても揺るがずに
俺で居たいんです。
居たかったんです。
そういうことに憧れたんです。
だが思惑は旨く運ぶことが無かったので、
いまここですっとこな婆さんに豚汁一杯恵んでもらう以上の俺は
今日のこの日の終わりの今には
何処探したって居ないようなのだった。
*スペルの間違いは調べて直すので赦してくださいね☆