小説「この世から女子が消えたら」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

隣の岩本さんが蔵を壊すから、
「なんぞ欲しいものがあったらどうぞ持っていんでください」
という回覧板が回り、というかもし良かったら片付けるのに手を貸してください、
駄賃は現物で、ということなのだが、
たまたまその日曜に二人とも休みだったから朝から伺った。
昔ながらの立派な漆喰のお蔵だった。しかしあんまり古いので
壁にヒビ走っているし瓦もいくつか落ちている。
「直したってなんにもならんしほっといてめげても近所に悪いから、
壊すことにしたんです。」
という岩本さんのお嫁さんと一緒に、私はがらくたを分別してゴミ袋に詰めていた。
夫はお年寄り衆と二階から古い行李だの長持ちみたいな巨大な箱だの
下ろす作業にさっきからわあわあ言っている。
かなり力仕事だし、二階に上がる階段は狭くてもろくて踏ん張りが利かないのだ。
夫は最年少最軽量故強制的に二階にやられて、
一人でどうにか荷物を引っ張って階下のじいさんたちに引き渡そうと
ひいひい言っている気配が伝わってくる。
「ほんに、お世話さんです」
岩本さんのおばあさんが炊き出し係で、海苔をまいたおにぎりいっぱい、
たくあんやまほど、とうふのお味噌汁鍋ごめ、
あとからあとからたまご焼きなんか持って庭に出てくるので、
手伝いに来た人達がばんてんこになにかしら摘みながら、
いろんなことを声かけしあいながら、
午後2時ごろに一旦仕事はお仕舞いという形になったのだった。
私達は労賃として七輪と煉炭を一箱ゲットした。
「まだまだ使えるからね。」
と岩本さんのおじいさんが煉炭の熾し方を教えてくださった。
夫の肉体疲労は甚だしく、ちょっとお茶でも入れましょうかと私は台所に行ったんだけど、
「せっかくだから干し芋でも焼くか。」
と言って彼は早速もらったばかりの七輪をたしたしといじっている様子。
「ちょっと焼き網が汚れてるんじゃないの?」
「アルミ乗っけとくか。」
こうして私達はサンルームにて七輪を使いながら、芋をあぶって3時のおやつにした。
「高校生のとき昼のべんとうどうしてた?」
ふと夫に問うた。
「なに、それ?」
「今急に思い出したんだけど。男子ってべんとう一緒に食べる人間
固定性だった?」
「なんだそりゃ。さあ。覚えてねえなあ。だいたい学食か購買か
その日の込み具合で決めてたから。同じ奴とばっか食うということも
無かったと思うが。」
「私は基本一人でべんとう使っててこころある人達からはくがいされた。」
「なんだそりゃ。」
「一人でおべんとう食べちゃいけません! ってこころある友人が怒るのね。」
「なんであだよ。」
「知らない。じょしこーせーは必ず集団でお昼ごはん食べないといけないって
なんかそういう見えない憲法があったような、空気。」
「へえ。で、お前はなんで一人でべんとう食ってたの?」
「だってめんどくさいんだもん、じょしの集団って。
誰を誘うとか何処で食べるとか誰は呼ばんとことかなんだかんだ言ってて、
話が進まないんだもん。べんとう袋さげてそんなんに付いて回るのめんどいでしょ。」
ふうん。
興味もなさそうに夫は裏返してみたらけっこうこげていた芋を慌ててどかし、
けっこう熱かったのか触った方の手をぶんぶんしている。
「女子のあのグループ性というのは、今から思うとなんだったんだろうな。」
と彼は言った。
「名文法の存在しない秘密結社みたいなもんでないですか。」
かなり熱くいれたお茶はそうそうに冷めている。
「一グループが必ずしもみんな仲良しってわけじゃないんだよな。」
「うん。そりゃ人間のあつまりなんだからケンカもするし揉め事もあるんだけど、
ケンカしたりもめたりしたって、そこの集団から抜け出せるわけじゃないんだよね。」
うん、と夫が頷いた。
「で、結局一人致命的に集団と反目しちゃって、誰とももう仲良くできるわけじゃないんだけど、
さりとて今更よその集団と仲良くするわけにもいかないという。」
「なんだったんだろうなあ。あの時代。」
夫がそんなことを言ってするするとお茶を飲んでいる。
今のこの絵だけでも、自分はものすごく老けたなあと思います。
あのとき女の子の群れは林みたいに動きがなくて
空気を遮って息苦しかった。
根こそぎ刈り取ってしまえたら、何かが変わるんじゃないかと言う気が
今でもしている。
「ねえやっぱりするめもあぶっていい?」
夫がなんとなく可愛げを発揮してそんなことを言った。
「ああ、いいんじゃない。ついでにビールでも買いに行きますか。」
「よろこんで。」
火のついたままの煉炭ほってはいけないから、私達は漫然と残った芋を齧りながら、
スーパーでちくわとビーフジャーキーも買ってきて焼いてみよう、と話し合った。