小説「銀杏の木の前のおうち」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

「どうもこう、この季節になるとこれがいちょうの木だと言うのが知れますね。
こうしてみると、いちょうの植えてあるところは多いですなあ。」
「見栄えがいいからでしょう。それにきっと強いんでしょうね。
何百年にもなる大イチョウっていうのも、割りに耳にしますから。」
「これでも受験生だった時は北大を目指してましてね。
あれはポプラ並木だったが、いちょうと言うと東大ですか。」
「いやあ、私はあほだったから、どっちでもよく分からないです。」
こんな会話をしているおじさんとちょっと若い女の人の後ろを、
『そういうことはやめましょう』
と言われそうだが歩きスマホしながら、最後しているふりをしながら、
聞き耳たててなんとなくついて歩いていた。
街路樹の銀杏は黄金の盛りである。枝のすべてが発泡しているように
色づいた木の葉がひらひらぺりぺりしている。
今はいい。
だが直に銀杏の実が落ち出すぞ。そうなったら、こんなふうに
世間話しながらのんきに通りすぎるというわけにも行かないだろう。
地に落ちた銀杏というものは、ちょっとお手上げなくらい強烈だ。
何が強烈って、においが。
小学校の通学路上に、小さなお寺があって銀杏の木が立っていた。
実が落ちる頃になると、その辺りだけ集中して雨が降っているみたいに
逃げも隠れも出来ないような臭気が籠もっていて子どもは大騒ぎする。
くっせー! うわ、くっせー!
と、ほとんど喜んでるみたいに、鼻を摘んだり両手の人差し指突っ込んだりして
『わざとゆっくり』ダッシュで通り過ぎるんだけど、
私は多分、一回もそこで笑わなかったと思う。
くさい、なんて一度も言わなかった。一回だって言わなかったと思う。
銀杏の木の前には森下くんちがあった。
本当に、まん前にあったのだ。だからこの時期みんなが森下くんをからかった。
おーいもりしたー、あ、やっぱりね。
ぎんなんのニオイするよなー。
などと。くっせーなくっせーな。などと言うのだ。
森下くんは困ったように、へへへ、笑うんだけど、
私はそんなの絶対に嫌だったから、一度だって銀杏の前で
くさい
なんて言わなかった。
それに、森下くんが教えてくれたのだ。
なんでその時、そんな早い時間にお寺の前に居たのかはもう分からない。
朝、6時にはなっていたと思う。
私が学校に行く道を歩いていたら、銀杏の木の下で、
森下くんが何かしていた。
かがんで、落ちているものを、ひとつひとつ摘んでバケツに入れていた。
「なにしているの。」
私は思わず聞いた。だって銀杏拾ってたんだから。わざわざ。臭い。
よお、と森下くんが私を見上げた。
「銀杏拾ってんだよ。」
「どうして?」
「なんでって。食うんだよ。決まってんだろ。」
これ食べられるの! びっくりしてしまった。
「たりめえじゃんか。この時期はもう拾えるだけ拾っちゃうね。
だって、どんだけ拾っても、タダ。
人が踏まないうちに拾っちゃうのがだいじなのよ。」
森下くんは晴れ晴れと笑ったのだった。
あのくっさーい臭いをさせるものがまさか食べられるとは知らなかったけど、
そのくっさーいものの中身はじつは茶碗蒸しの常連で
今までたくさん食べていたことをその後で知った。
みんな子どもだったからギンナンの正体を知らなかったんだけど、
森下くんはちゃんと知っていて、
自分がなんて言われても気にすることが無かったのだ。
私の体には今でも銀杏の種みたいのが定位置を動かずずっとあって、
木の葉が色づくようになると、
ころころ転がしたくなって私をたまらなくさせるのである。

今回も人様からいただいたインスピレーションを打ち返す
キャッチボール創作、月冴さんの↓
土の還るまで
からいただきました。
一部実体験を元にしております。
きゃーはずかしい。