冬になると、洗い物と洗濯物が、いつまでたっても終わらない。
結婚して3年くらいまではそれがものすごく辛かったんだけど最近はすっかり慣れてしまった。
やることが手に馴染んでしまった。
大学を出る時にゼミの先生が
「どんな会社でも3年勤めなさい。」
と言っていたのを思い出すが、別に会社じゃなくてもなんだってだ、と思う。クリスマス、修了。
夫は今日ばかりはシャンペン一本空けてしまったし
(発砲ワインの封を切ったあと、飲み置いて保存する方法を私たちは知らない。)
子どもはその父と今日ばかりは散々遊んでもらって全員でどろどろになって、
一塊の「眠り」となってしまった。今日はお風呂無理だー。
私は一人台所で、鶏の足を食べたりケーキ食べたりした後のお皿を洗い、
めんどくさいから仕舞うのは明日にしようと水切り籠に入れっぱなしで、
缶ビール、プシュで夫の部屋に行く。
とりあえず全員布団の上で寝てくれて良かった。私ははみ出している手や足を掛け布の下に戻し、
動かしようが無いところには毛布をかぶせてあげた。ぴくりともしない一塊の「眠り」。
私は夫のテレビを付けて、灯りを消して、音を小さくした。
若い頃は部屋を暗くしてテレビを見るのが好きだった。
目を悪くするぞ、と夫に言われるのだが目で言うのならすでに充分悪い。
30年人間をやっていれば「充分悪い」ものだったらいくらでもある。
私はクリスマス特番を見ながらだらりんとビールを呑んでいる。
息子がもぞもぞ動いて何か喋るんだけど、意味のある言葉じゃない。
意味の無い言葉を、はっきり発音するのも何かの才能だろうか。
暗がりの中で位置を確かめながら、こいつがかわいいのもそろそろ限界だな、と私は悼む。
まぶたがぼてりと重たいのが残念だ。もう十年したら立派にふつーの顔になっているだろう。
今はまだ可愛い。まだ、ちょっとくらいは。
私はこういう時本当に思うのだ。
この子が将来どんなぽんぽこりんを捕まえて結婚するとしても、
その彼女は今のこの彼の姿を
「本当には」
見ることが絶対に出来ないのだと。
このポイントに置いて、私と嫁との勝負は完全に決着する。
アイ、ウィン。私の勝ちだ。幼児期を押さえ込んだという意味ではなから勝負にならないのである。
であるのだから、将来ぽんぽこりんがお嫁に来るくらい大目に見てあげないといけない。
成長して増長してちっとも可愛くない息子を掠め取られるくらいなんだというのだ。
この小さな、暖かな、眠っているかたまりだけは、百年先もわたしのもの。