祖父は竹を加工する職人をしている。
父もその後を継いで、二人で同じ工房を分け合い、毎日物も言わずに竹を削って生きている。
僕は将来の仕事を選ぶ時期に立っていて、
祖父は家業を僕にも継いで欲しいと思っているみたいだけど
父はあくまで僕が自分で選べと言っている。
僕は小さいころ始めて家の所有する竹林を見に連れて行かれた日のことが忘れられない。
雪崩が土から生えていた。
音もなく蠢くさかさまの滝みたいだったのだ。
不屈の碧い滝。強い根、強い上にも強い幹、そ知らぬ顔でそよぐ枝。
竹というのは本当に強いものなのだと祖父に聞かされて大きくなった。
繊維が強い。
強いばかりでなく、曲がるということを知っている。だから折れることが無い。
根を見ても芽を見ても立っている竹を見ても、様相が違うということが無い。
長しえに若く碧い。奇しくもありがたいものなのだと繰り返すように僕に話した。
でも、近代以降竹の使い道なんてたかが知れている。
だから祖父は、いつからか、どこからともなく、ニードルを造る仕事を引き受けて
それでずっと家族を養ってきた。
竹かご、飯の皿や水筒、箸や楊枝、オケのタガ、家の塀、そんなものに、今更竹を使う利便がない。
唯一かもしれないニードルを造る作業を、祖父は
「これも大事な仕事なんだ。」
と言って何十年とそれに向きあい続けたのだ。
碧い竹の、強度を損なわないように気を配りながら限界まで細く鋭く削り整えていく。
硬く、強く、鋭い竹の針。
一部の人殺しの間で根強い人気を放つ商品なのだった。
携帯していてもごまかしがきくし、金属探知にも毒物検査にも咎められることが無い。
細い針で急所を一突きにして(横隔膜のあたりが狙い目らしい)殺す、
というのは、コツさえ掴めばとても効率のよい暗殺の手段なのだそうだ。
ごく小さな一点に渾身の力を加えるから、他の組織が傷付かずやられる人間が痛みに気付かない。
すれ違いざまに肩がぶつかったふりをして、なんなくことをし遂げられる。
向こうは何も知らずに十メートルも歩いた辺りで、肺にいっぱい血が溢れて
あっというまに息絶えられるんだそうだ。
「これも大事な仕事なんだ。」
と祖父は言う。
彼は必要に駆られて人を殺す経験をした世代だから、
この世には死なないといけない種類の人達がいることを今でも固い信念として持っている。
そして父はその同じことに強い疑問を持ちながらも、他に出来る仕事が無いから祖父の後を継いだのだった。
ねえ君、竹の根を見たことがあるか。
えげつないほど硬いのだ。
枯れない上に折れないのだ。
では何故、この国の大地が竹によって食い殺されなかったろう?
それは嫌われてるってことなのだ。
徹底的に排斥されて、それでも持って生まれた命の強さ故に、
消滅してしまうことが出来ずに僕たちは細い暮らしをえげつないくらいしぶとく生きているということなのだ。