小説「たねあか師」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

クリスマスイブ、
と言うことだそうです。私としては年内に引越しが済んで何よりというほどの一日だ。
四畳半とちいさなキッチン、それとユニットバスのついたアパートです。
進学してくる大学生向けに造られた築3年の物件というのが嘘みたいに
今にも張りたてのクロスからじめじめのカビが生えてきそうなのは、
きっと家が問題なのでなくて、
私のこころの問題なのだろう。
四畳半一間のアパートで、これから私は一人で生きていくのだそうです。
ちょっと前までは、人妻でした。
結婚してほんの2年で夫だった人はよその女と恋愛した。
あっというまの不倫だった。
向こうは文学部法律学科の大学院を出ているとかで(というか
ほとんどこのために彼は法律の学位を取ったんじゃないかと思えるほど)
実に鮮やかな手口で私は示談に追い込まれた。
慰謝料と言える物ならば、このアパートを借りる敷金を払ってもらったくらいである。
12月24日。
夫だった人は素晴らしく人生を一新して、新しいきらきらした妻と幸福な夕食を過ごしているそうです。
私に与えられたものといえば、
この新しいコタツが一張り。
世の中がどんなに広くて懐の深いものか知らない。
しかし今年の12月24日にあっては、私を温めてくれるものはこの、
イオンのセールで買った放出品のコタツ、ただこれだけという、人生のある時点での結果なのでした。
「どうも、今晩は。」
私は身もこころも疲れ果てていて、コタツにあたったままうたたねしていた。
こんばんは、と言う声がするので体を起してみると、どこから入ったか
おっさんが一人
コタツに当たって湯のみでお茶を飲んでいる。
「あ、失敬、勝手に頂きました。外、雪降っています。寒かったものでね。」
とおっさんは言った。ちいさいおっさんだった。
小柄、小男、というんでない。
おとこのひとでもおんなのひとでも背の低い人はそれなりに身長にあったバランスの老け方をするものだ。
変な言い方かな。
でも今コタツにあたっているおっさんは、どうみてもなにかおかしいのだ。
何せ、小さすぎる。
そのくせ、ありえないくらい小さいということが無い。
なんとなく人が良すぎてなんでもかんでも用事を押し付けられてしまう中年の男性、
が、60%スケールになったようなおっさんなのだ。成人男性としてはあまりにも小さいのだ。
だから私は、そのおっさんの出現をとても素直に、夢だ、と思った。
「どうも初めまして。たねあか師です。」
「なんですって?」
おっさんの言ったことが分からなくて私は聞き返した。
「いろんなことの種明かしをする専門のものです。
トリックアウトマスター、って感じですかね。」
英語、あってるかな。と言って、おっさんは少ないというならあんまりに少ない髪の毛をがしがしする。
「はあ。」
「だから、今日はあなたの種明かしをしに来ましたよ。」
とおっさんは言った。
「なんなんですか?」
「あなたがこんな酷い目にあった種明かしですよ。」
おっさんはこともなげに言う。私は瞬時に、背筋が伸びて聞く体勢になる。
「結婚してた方にあんまりなあしらいをうけたばっかりでしょう。」
ええ、まったく、おっしゃるとおりです、と、思わず受け答えし待ったけど、
離婚によって私が得たダメージは、こんなにちんまりした日本語で表現することが出来たのか。
「こういうときね、あなたみたいな方が必要以上に悲しみにくれないように、
私みたいなのが派遣されるんですよ。私達はプロトコルのスペシャリストなんです。
ややこしい言い方ですね。日本語にしましょうか。
因果とか宿命の内容を管理している団体なんです。
いや、心配しないでください。今時宿命だけで生きてる人間なんてとっても少ないですからね。
宿命って、難しく考えないで下さいね。ほらあの、肉体で言うと遺伝情報ってことです。
どんな人間になるように設計されているのかってことですよ。
それを霊魂の視点から見ると、まあ宿命って言う言い方がしっくりくるんです。」
私は、
どんな反論も出来ないままにただおっさんの話を聞いていた。
「言いましたように今時宿命にひきづられて生きてる人間なんてちょっとですよ。
でもね、夫だった方なんですけどね、そういう、今時珍しいタイプなんです。
つまり、肉体的におさかんだったということですね。」
「あらいやだ。」
「ははは。」
おっさんは照れるととても可愛い笑い方をする。
「夫だった方がね、今度結婚した女性をこころから愛しているわけじゃないんですよ。
おさかんなだけなんです。肉体に素直すぎてこころをほったらかしにするんですね。
だから、すぐまた浮気しますよ。
そして離婚するんです。
仕方ないんですよ。『肉体が』しか愛情を発しないんですから。
こういう男の人は加齢して肉体が弱くなるとなんにも残りゃしません。
そういうことですよ。それだけなんですよ。
肉体はどうしても無くなってしまいますからね。精神的に何か残せないと、
人は何にも残したことにならないんですよね。
やっかいじゃないですか。
どうです、こいう種明かし。」
私は幸福なままに眠り続けた。
捏造された真実でも、すがって喜ぶ必要が私にはあった。
離婚してよかったんだと思う必要がある。
むこうがやがてこっぴどく不幸になる必要がある。
この寒い寒い世界に一人、どうにか生きていかないといけない
たった一人の私のために
不可欠な投資としてのにんげんのふこう。