高校生のとき地元の陸上部ではYという学校が絶対エースで、
例えば4×100mリレーをやるんなら
「打倒 Y高」
というスローガンでことに中る、
つまりYに勝てば全国が確実なくらい、圧倒的に強い学校だったんである。
自分は陸上部の短距離に所属していて2年の段階で来年以降
100mを専門にするのか比較的層の薄い200mで全国を目指すのかの分岐点に立っていた。
自分たちはほぼ毎日、7時過ぎまでかかる部活を終えた後学校の前のコンビニで
チキン買ったりコーラ買ったりして
同じ部活の連中と、4人だったり5人だったりまちまちだったんだが、
だらだら物を食いだらだら下らない話をしながら家に帰るのだった。
家に帰ったら晩飯を食って、人によっては筋トレしたり近所を走りこみしたり、
それから風呂入って寝てしまう。
自分にはそれが高校生活だった。それ以外の生き方をしろと言われるとちょっと困るなと思っていた。
しかし、どうあがいてもあと1年少しすれば今とは違う生活をしなければならない。
ずっと高校の陸上部員ではいられないのだ。
16歳のとき、5分先の未来を考えることさえ自分には酷くおそろしい物だったのだった。
と、そんなふうにいつものごとく、同じ部活の連中と三々五々にだらだらだと物を食いながら
ああ、家に帰ってもめんどくさいよなあ、
なあだれか下宿借りたりしねえのかよ、
とかなんとか意味の無い話をして県道沿いの道を歩いていたら、自分は遥か遠くに妙な灯りを見つけた。
山のてっぺんが、白く光っていた。
てっぺんが光っているというのか山のてっぺんに白く光る柱が一本立っている。
なんだあれは。
と自分はいぶかった。隣を歩いていて同じものに気をとられている奴は一人とない。
自分は炭酸の入ったりんご臭のする水を飲みながら、山のてっぺんに立っているそれをギリギリ睨んだ。
目を凝らしてみていると、どうもその柱は、円盤をいくつも積み重ねて、上に行くに従いゆるやかな円錐形を作っているようだった。
それがおそらくライトアップされている。
そんなものがこんな近場の山のてっぺんにあるなんて知らなかった。
なんの意図があり、どういう経緯で今ライトアップされているのか、まったく分からない。
いつからあるものなのか、今日にどんな意味があるのか。
生まれた時から住んでいる街なのにこんなに知らないことがある。
自分はふと、
おれは今あの灯りをめざして山を登っていけるだろうか
と自分自身を疑ってみた。
無理だな。
即座に答えを出せた。いくつか条件を出させてもらえるなら大丈夫だろうが、
今、
今すぐに、
今この状態で山を登れといわれても無理だ。
おれは今こうして放れたところに居て、山のてっぺんを睨んでいられるけど、
もし今から山に近づいて行って、そして山を登りだしたとしたら、
もう灯りはどこにも見えないのだ。
懐中電灯と地図を準備してよいというのならば、
どうにか山を登ってみようという気にもなるけど、
今のおれの状態で、山の麓に立たされて、さあ登れ
と言われても、おれは一歩だって前に踏み出せないね
と自分は思ったのだった。
つまり自分はその程度のランナーなんだということだ。
おれはてっぺんにある灯りを遠くから眺めるのでせいぜいだ。
山に近づけば近づくほど、灯りは逆に遠くなる。どこで光っているのか分からなくなってしまうからな。
じゃあどうすれば今のこのおれの状態で山を登っていくことができる?
真っ暗な中で?
足場の悪い山道で?
でも登っていく奴はいる。確実に居る。てっぺんに立つやつはどんなときも居るのだから。
隣を歩いている奴らの中でそんなことを考えているのは一人と居ない。
よって自分は少なくとも自分の高校の陸上部で唯一、
山のある方向を見ていた、
ということになりそうである。
十代が終わる頃の話。