おそろしい酒飲みだった母が死ぬまで憧れていたものがあって、
それは薩摩寿司という鹿児島県の郷土料理と言うことなのだけど、
ともかくも私はこの話で、お寿司というのは酢をつかうものばかりでないのを始めて知った。
「薩摩寿司を振舞う日にはまくらを持ってくるように言いつける。」
このくだりが母の酒飲みの琴線を素敵にそそるようである。どういうことか。
薩摩寿司は鯛などの白身の魚をつかった押し寿司なのだが、
寿司なら普通酢でしめるところをなんと焼酎を掛けて押し固めるのだという。
ずっしりとお酒が利いている上に、あろうことかさらに焼酎を振りかけて食す。
だからまくら持っていく意味とは、
薩摩寿司を食べては酔いつぶれて寝てしまって、
目が覚めたらまた薩摩寿司で一杯やる、ということらしい。
このあたりが母の酒飲みの琴線を素敵にぐらぐらさせるのだった。
おおらか、というのかむかーしむかし一瞬の平和が一個の集落に存在していた貴重な事例なんだ。
今よその家に御呼ばれして、遠慮なく昼寝させてもらえる関係を
どうして築くことができようか。
どうせ私が寝ているうちに同席のみなさんで好き放題我が家の悪口を言うんだろうし、
あるいはカバンの中からなにか無くなってしまうかも知れない。
おとなりの国ではそもそもその酒の中に何が入っているのか分からないそうだ。
こういう時代に私達は生きている。
母は死んだけどね。
私は今おおらかなむかし、と書いたけど、そういえばこうも考える。
その人達は自分の守りがしっかりと堅かったのだろう。
自分というものが自分自身にしっかりと守れていたから、
得体の知れない何者もその堰を越えて入らせることが無かったから、
どんな場所に居ても自分を保って然としていられたんだろう。
自分と言うものに対する理解がはっきりしていたから、
どいつが自分に敵で誰に本当に頼ることが出来るのか、不安なことがなかったんだろう。
そんなふうに私は考える。
私には守るものが何も無い。
それは敵が存在しないのと同時に味方してくれる人もひとりと無いということなのです。
そもそも私なんてものがどこに存在するのか私が知らない。
私が口から入れたお酒は消化吸収されることがなくて、
未確認ながらながーいだろう謎の管を通って通って、
ワームホールへと滴り落ちる。