小説「まっくろくろくろ」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

お互いおんなじような境遇だから、愚痴を聞いてくれるともだちが居たのが幸いだった。
あるいは夫がすぐにあのあんまりな姑を夜ごはんに連れ出してくれたのが幸いだったのか、
否、
私が姑について「あんまりだ!」と思っているのを敏感に察してなおかつ
自分の親に対し「あんまりだ。」と思ってくれた夫が幸いなんでしょう。そうでしょう。
というわけで、パパは今一時帰宅したお義母さんをお気に入りのレストランに一人で連れて行っているところで、
私は今のうちに思う様友達と電話すべく、四歳の子どもには「となりのトトロ」のDVDを見せているのだ。
お義母さんは五十いくつの時に脳梗塞をやってしまって左手と左足に麻痺がある。
今は老人ホームに入っていらして時折一時帰宅で我が家にやってくるのだが、
そういう時は私にとって「戦場」の日々の幕開けなんである。つい二泊三日がこんなにも長い。
半身不随というままなら無い日常は大変だろうけど、だからといってお義母さんはすっかりよれよれの老人である。
豆ガラのように痩せてしまっているおかげで移動は夫一人でもらくらくなのだが、
我慢なら無いことはとてもとてもたくさんあるのだ。
「おい。」
義母は私のことをこんな風にしか呼ばない。
うちに来ると夫のことを肌身から離さない様にしてなにくれと世話させるくせに、
ちょっとめんどうなことがあると
「おい。」
と言って私にやらせようとするんである。こころ踊る時間ではないよね。
で、今日の大一番がどんなだったかと言うと。
夫に抱きかかえられてリビングに設置したコタツに座らされた義母が、お茶を飲みたいと言い出した。
「ぬるいのにして。」
というので、極自然に夫が台所へ立とうとすると、
しっ
まるで野良猫に叱るような声で持って義母は
「そんなことはあれにさせたらいいだが。」
と、言った。
あれにさせたらいいだが。
私の手の震え方はものすごくて、よく湯のみを握りつぶさなかったものだと思う。
そこで夫が慌てて義母を外食に連れ出していったのだった。
いえのなかもちっとは掃除しといたんだけんども
一瞬のどかな声にがびがびした耳の奥が捉まれた。こどもが見ているとなりのトトロ。
カンタのおばあちゃんが引越しの手伝いにきたくだりであった。
カンタのおばあちゃんは私の実家のおばあちゃんにそっくりだった。もうずいぶん前に死んでしまったんだけど。物腰や声がそっくりなんである。
ついテレビ画面に集中していると、フラットライン状態の意識に焼きつくような台詞。
「にこにこしてればわるさはしんね。いつのまにかいねぐなっちまうの。」
天恵、キタ。
天使が鳴らすラッパみたいに、私はなんだかすんごい哲学を得た。
すごい。今の私のためにあるような台詞じゃないか。奇跡的なタイミング。
神様、ありがとう。私は見捨てられていたわけじゃなかった。
にこにこしてればわるさはしんね。いつのまにかいねぐなっちまうの。
そうだそうだ。その通りではないか。くろくろくろに染まっていく私のこころ。
お義母さんが帰ってきたらにこにこ笑って言うことを聞いてあげよう。そしたらわるさはしないんだものね。
まっくろくろくろ、くろくろくろ。